Last updated 19.11.08 -【スピ】既にあるって、どういうこと?

会社が憎い、同僚への恨みが消えない…「憎しみ」「恨み」の背景を探る

Giacomo ZanniによるPixabayからの画像
この記事は約7分で読めます。

※はじめに書いておきますがオチは弱いです

スピリチュアルやめたぜ!とか色々メンタル話をしたがる私ですが、解決できていない感情があります。

恨み辛み。

恨み、怒り、憎しみの「負の三点セット」が消えません。

この裏にある感情が、解決するうえで大事なのではと最近感じたので(遅っ)、似たような気持ちを抱える方へのヒントになればいいなと。単純に気持ち整理も兼ねて。

昔話をしますが特定ごめんなんで、表現はわざと抽象的にしています。

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癒えない感情の詳細

Photo by Elijah O'Donnell on Unsplash

言葉を排泄されるストレス

同僚Aさんは、気まぐれに猥談やイタズラが解禁される人。私はそんなAさんが誰かに吹っかけてはゲラゲラ笑う空間が苦痛だった。

やめてほしい。これだけの指摘ができない。

仕事がやりにくくなるのは避けたいのもあるが、人を不快にさせたくてやる訳ではないのは感じた。悪意じゃなく楽しいから、という印象。実際、誰も気にしていなかった(と思う)。私が気にしすぎなのだ。

だけど、どうも面白がっているような声色や面白くもない冗談は、当時の私にはツラかった。Aさんが大人しい日or出勤が被らないことを日々祈るだけだった。

ある時私は手を痛め、病院へ行った後に出勤した。見られてないと判断したAさんは、私の痛めた手を叩くフリをした。ちょっとしたいたずらだろう、Aさんにはよくあることだった。

…私の視界は結構広いほうだと思う。この人はこういう人なんだ。Aさんへのイライラは、胸にしまった。

悪気が無い人に『そういうことをされるのはイヤだ』と声をあげても伝わらない。だから大体、こっちが空しくなる。

こう考えたすぐあとに異動したためAさんとはそれっきりだが、これは正解ではなかった。言っときゃよかったと少し後悔した。その証拠に、Aさんのような人と会うと未だに顔色を伺ってしまう自分がいる。

知らない人にバカにされるストレス

飲み会で出会ったBさんは部署も違うし、挨拶するかしないかレベルの関係。少なくとも私は知らない。しかし、同じテーブルになったその場でなんかバカにされた。

その後グイグイと飲み始めたBさんは、悪意があったわけではないのかもしれない。そのくらいストレートに言われたから。のちに同僚から聞いた話では、私が感じたようにズバッとモノを言う性格らしかった。

それ以降Bさんと関わることはなく、会話らしい会話はないまま終わった。いや始まってもないけど。未だにあの時の衝撃は何が素になっていたのか、わからない。もしかして前世で会ってるのか?

未来はないストレス

Cさんの言葉は心に残っている。私はこんな事を言う上司の下で『頑張ってたら報われるはず!』なんて思いながら働いていたのかと、虚しさに包まれたから。

その言葉を発奮材料にまた頑張ってたら、何か変わったかもしれない。しかし、Cさんの言葉を聞いてなお頑張ろうと思える気力も体力も残っていなかった。病気になって、肉体的にも本当に限界だった頃に言われた。

Cさんとの関係は、私も悪い部分はあった。自覚している。だからCさんから見た私は、心ない言葉を使える程度の価値だったんだと思う。だから使ったんだと思う。

誰かのふとした言葉で得た直感は大事。という、私の教訓になりました。

素手で氷を握るストレス

D社のE部署は、ある企画を潰した。それに関わっていた従業員への連絡はなかった。そもそも催促しないと情報共有しないことが多かった。取引先もうるさくない相手が殆どだったからか、緊急時以外は割り振られた仕事だけしろ、といった雰囲気だった。

こういう会社がAI化されりゃいいのに。と今なら思う。だって人間じゃなく機械で良いじゃない。人の無駄遣いがなくなるよね。

このあたりで気づきたかった。

私は氷を素手で持ちながら『冷たい!』と言ってるんだぞ。と。

手を離せば…それだけで済むものを、わざわざ握りしめていた。

ダチョウ倶楽部と違って、私が『押すなよ!絶対に押すなよ!アッ冷たい!!』とリアクションを取ったところで、喜ぶ人は誰もいないのに。

温度差を感じたなら、さっさと辞めてよかったのだ。少なくとも、他に働ける場所はいくらでもある。

後がないから辞められない、なんてことは全くない…が、当時の私はそう思えなかった。ここを辞めたら私は終わり―それ位「自分にはあとがない」と考えていた。

味方ゼロのストレス

F社は書きたいけど書けない。悲しすぎて。一度どこかで整理しないといけないのかもしれない。タイトルで察してください。

この頃、自暴自棄になりながら働いており、辞める判断が遅かった。先輩や同僚にも迷惑かけたと思う。

D社のE部署と同じ言葉を、当時の自分に伝えたい。

ストレスから見えてくること

Photo by Eugenia Maximova on Unsplash

無意識に「看板」を掲げている

振り返ると、学生時代から他者に軽く扱われやすい人生だった。そういう人が私の周りに多かったのか、私がそう扱われていると思うだけなのかは定かじゃないけれども。

学生時代のからかいは、理由がシンプルだ。なんとなく。ウザいから。嫉妬…あまり複雑な理由は絡んでこない…ような気がする。

社会人からは、理由がハッキリしなくなってくる。実は学生時代と変わらないかもしれないが、人間関係が複雑になる分、見えにくい。

ただ、ここまで大小関係なく対人トラブルがあるってのは、私の雰囲気に人をそうさせる何かがあるんだろう。

ということは私自身が意識していなくても、どこかで『軽く扱ってください』という看板を掲げているのだと思う。

だから、そう扱われる。

対策としては、看板を下ろすか変える。でも「意識していないけど掲げている看板」ってどこだ?

…それが俗に言われる、セルフイメージや潜在意識というものなんだろう。これについては現在も奮闘中。

目で確認できないものは、現実から推測していくしかないのだ。

恨みつらみの上に、苦しみ

シンプルに恨みだけだったら、まだよかった。もうひとつの苦しみがある。

言いたいコト言って働くAさんBさんのほうが、私より明らかに人生楽しそうだった

もしかするとコチラのほうが大きかったかもしれない。

なぜ相手を軽く扱うような人間が、私よりラクに生きているのか?勿論、表面的に判断しているだけの推測だが、許せなかった。

もう恨み憎しみに相手への嫉妬も絡んで、心の中は毎日大炎上。

そりゃあ、私も病むわ。

今ならわかる。相手は、誰かの気持ちより自分の気持ちを大事にしているだけ。

逆に私は、周りの反応や発言をとても気にして、一日中誰かのことばかり考えていた。私でさえ、私の気持ちを気にかけていなかったのだ。

関係が上書きできない

感情が消えない理由のひとつに、相手の印象が悪いまま関係が切れているということがあります。まぁ、会社の場合は、会社への気持ちが明るくないから辞めるんだけども。

話し合って和解できたり、後日親しい関係になったりであればまた違うだろうけど、解決しないまま終わるということは当然、自分の中でもその記憶のまま終わってしまうってこと。

だから何度も当時を思い出してしまい、何度も自分の気持ちを傷つけてしまう。

精神的ショック解決策として使われる方法に【心残りのある相手とあえて対面する】というのがありますが、わざわざあえて対面する理由はコレです。

当時の記憶や感情をリアルに上書きさせることで、過去から解放する―記憶を終わらせるということが重要なんだと思います。

相手をボコボコにするイメージは効果的か?

Pete LinforthによるPixabayからの画像

頭では「終わったことだ」と理解できても、不定期に思い出されては当時の感情が再燃する。自分の中で消化できていないんだと実感する。

じゃあ、この感情はどこへ向ければいいのか。処理方法を考えた。

幸せになること?うーん、抽象的すぎて難しい。相手を不幸のどん底と思うこと?うーん、少しウケるけど別にスッキリしない。

そこで、イメージングをやってみた。現実は別にして、自分が望むことを頭で再生する。実際そうであるかのように。病気を撃退するイメージ方法があるそうで、それを参考にしました。

眠りにつく前に相手をボコボコにして、肉体的に仕返しするイメージをした。…リアルでやったら犯の罪なので、やらないでね。

それとこれは別だった

結論:別にスッキリもしなかった。

予想以上にスッキリしなかったw

まず、私は肉体的に傷つけられたわけではない。だから、これは仕返しではなくただの攻撃になってしまう。

こんなイメージ。




「肉体的ダメージ」

↓↓
肉体ダメージと精神ダメージは
イコールではない!

↑↑

「精神的ダメージ」
相手

肉体的な恨みがある場合なら有効かもしれないが、相手を肉体的にメチャクチャにしても、精神的なダメージはまた別なんだよね。

もうひとつは…

おわかりかもしれませんが、消化するべきなのは誰かへの恨みではなく、私の精神的ストレス。ということ。

つまり「相手に仕返しする」のと「私のストレス」は別。

相手が傷ついても、私が受けた精神的ストレスは消えるわけじゃない。だから相手をボコボコにするとか考える前に、私の傷をケアしなきゃいけなかった。

相手への恨みより大事なもの

Photo by Designecologist from Pexels

ということで、相手への感情をどうするかよりも自分の感情をしっかりとすくい上げることが必要なのでした。

(相手を)呪ってやる!ではなく
(自分を)祝ってやる!が適切。

…と考えると、相手の態度だなんだと書いてきましたが、要は

自分が粗末に扱われたことを許せない。

大事にされたかった。

という、ごく当たり前のことをひたすらに叫んでいたのです。

∀`*)コメントする?

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