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怒り、恨み、憎しみが消えない…同じ記憶を繰り返してしまう原因を探した

Giacomo ZanniによるPixabayからの画像
ココロの話
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はじめに

「心」についてのアンナ話やコンナ話をしている私ですが、最近本当~に実感する。

『古いネガティブな記憶には、利息がつくんだなぁ…』

チャリンチャリンならむしろ歓迎なんだけど、ネガティブな記憶にはネガティブな感情が利息でついてくる。という話で。

すごいよね、ネガティブな記憶って。どんなに昔のことでも、一瞬でこんな感情がぶり返すんだよ。

  • 怒り
  • 恨み
  • 憎しみ

そうなの。この三大感情が特にヤバいのね。

「悲しみ」も入れようかなと思いましたが、上とは少し違う方向に表現される感情なので、今回は除外しました。

ただ、古いネガティブな記憶って厄介。記憶を抱える本人以外には軽く流されがち。

ひよさん
ひよさん

いい加減忘れなよ~とか、昔のことじゃん!とか、よく言われるよね

確かにグチグチしても仕方ないよね、と、当時の怒りが消えていなくても放置しちゃったり。多いと思います。

いや、忘れられないからこそ、向き合う感情なんだよ!って言いたい。

私も、20年以上前の出来事で思い出し怒りをしていました。怒るだけならまだマシで、殴りたくなる衝動もある。自分でもうんざり。いつの記憶で怒ってるんだと。

で、ある時ふと感じたのね。

同じ記憶でいつまで怒り続けるつもりなんだろう…。

同じ記憶を繰り返しちゃう理由がわかれば、今後思い出してもこれまでとは違った反応ができる、かも…?


こう考えた私は、古いネガティブな記憶や繰り返していた感情たちをあえて書き出して、再確認の作業をした。

そこからわかったこと・気づいたことをまとめていきます。

こんな流れで記憶と向き合ったよ。

本記事の流れ
  • Step.1
    ネガティブな記憶をあえて書き出す
  • Step.2
    その記憶に質問してみて、わかることを洗い出す
  • Step.3
    怒り、恨み、憎しみなどのネガティブな感情の原因を掴む

一般的に「トラウマ」と呼ばれるような激しい記憶は別として、何度もぶり返す怒り・恨み・憎しみなど、感情に困っている方の参考になれば。

それではどうぞ。

ネガティブな記憶をあえて書き出す理由

Photo by Elijah O’Donnell on Unsplash

まず、何度も思い出すネガティブな記憶たちを、ざっと自分の外側に出します。

「外側に出す」とは、頭であれこれ考えるままにせず文字にすること。

理由はシンプルで、頭で考えているだけではまとめにくいからです。

書き出すのが大変な方は、区分けして思い出してみましょう。

ひよさん
ひよさん

よし、今日は小学生~中学生時代の記憶を書き出してみよう!

文章にするのが苦手な方は音声入力がオススメ。わーって喋っちゃって、後で整理していけばいい。


書き出したら、改めて「どういう出来事だったのか」をチェックします。

各記憶にタイトルをつけるのも役に立ちます。タイトルからネガティブな記憶の傾向が見えてきたりね。

以下、書き出しの参考例として、私が何度も思い出す記憶の一部分をお送りします。

読み飛ばしても問題ありません。

特定ごめん!のため表現は抽象的にしています。

「やめてほしい」が言えなかった話

ある会社で同じ部署だったAさんは、気分で猥談やイタズラをする人。私はそんなAさんに萎縮していた。

私がターゲットになっていたわけではないが、表情や言葉の端々から自分の楽しさで動く感じが見て取れた。仕事中にする行動とも思えなかった。

だけど「やめてほしい」という、たったひと言を口にできなかった。

理由はいくつかある。その時期、私が慕っていた上司が退職したこと、『業務上迷惑だ』と言える明らかなトリガーがなかったこと。

そして最大の理由は、相手の反応やその後を気にするあまり、自分の気持ちを伝えられない私。

我慢してしまった。声を聞きたくないな…って日はトイレに逃げてた。そうしたら、職場で過呼吸のような症状が起こるようになった。言いたいことを抑え込んだ結果だと、今は思う。


ある時手を痛め、病院後に出勤した。いつも通り勤務していたら、私がケガしたことを知ったらしいAさんが。見ていないと判断したのか、私の痛めた手を叩くフリをした。ニヤニヤしながら。

まぁ見えてたんだけどね。

睨みつけてみようかなと思ったが、周囲に人が多かったのでやめた。

そこで初めて気がついた。

あ、私Aさんになめられてるんだ。

Photo by Felix Koutchinski on Unsplash

Aさんの行動に何もしなかったことを後悔した。何も反応しないから、いつの間にかAさんの「対象」になっていたのかもしれません。

この後私は異動したため、Aさんとはそれっきりです。

よく知らん人に煽られた話

ある会社の飲み会で初めてお話したBさん。部署が違うため、挨拶したことあるかな?レベルの関係。私はよく知らなかった。

同じテーブルで話し始めた1分後、私はBさんにバカにされていた。

その後グイグイと酒の入ったジョッキを飲み、どこかへ行ったBさん。私はただポカンとしていた。周囲はちょっとだけ引いていた。

嫌われるようなことをした覚えはない。話したことないし…というか悪意があったのかすらわからない位、ストレートにバカにされた。


Bさんとは以降も何もなかったのだが、ひとつわかった。あの発言に深い意味はなかったのだろう。

一度、休憩室でたまたま一緒になった時があった。私は1人、Bさんは同僚らしき人数名と。

Bさんは、めちゃめちゃな大声で上司をけなしていた。

誰が聞いているかわからない休憩室で、上司の悪口を大声&ブチギレながら叫ぶ。言い方は悪いが、そういう人だったのだ。その場で言いたいことを言う。ただそれだけ。

私はただそれだけの言葉に、必要以上に傷ついていたらしい。あの時の彼女の圧の強さは忘れられない。

雑に扱われた話

C社では、自分でもわかるレベルで仕事が出来なくてさ。わかっていても辞められなかった。『辞めたら次がない!』と思い込んでいた。

で、決心がつかないうちに今で言うパワハラに近い行為を受け、結局退職。何年経ってもC社周辺には近寄れなかった。知っている顔と会うのが怖くて。

向こうも同じだろうが「無かったこと」にしたかった。

ある時、夢にC社のような場所が出てきた。当時を思い出し、己のダメさと雑に扱われた虚しさでまた落ち込んだ。

しかしふと、現状を知っておこうと思いC社を検索した。勇気を出して。

C社は、なくなっていた。

Photo by Erik Mclean on Unsplash

うおおおおおああああああ!!!!!そうなんだ!!!!!!!

私は声をあげて泣いた。C社での記憶を何度も思い出すのは、これで最後にできるような気がしたから。


合わなきゃ辞めていい。お互いのために当たり前にある選択肢。C社に居た頃の私はその「当たり前」が選べなかった。

そうこうするうちに雑に扱われてしまい、結局余計なダメージを受けてから辞めるというね…。

当時の自分にひと言伝えられるなら、この言葉を送りたい。

書き出した記憶を見つめ、質問する

Photo by Eugenia Maximova on Unsplash

苦い記憶たちを書き出したら、色々質問していく。

古い記憶って時間が経っているので、今なら突っ込めるわ!ってポイントを見つけやすいんですよ。

例えばこんな感じ
  • あの時、何を言いたかった?
  • どうして言えなかった?
  • 本当はどうしたかった?
  • この出来事は何の意味があった?
  • 記憶に共通することはないか?

そんな「記憶と向き合って感じたこと」を、何でも良いのでメモします。

以下、私の例です。

苦い記憶の共通点

具体例では書きませんでしたが、AさんBさんC社の話には共通点があります。鋭い方は気がついたかもしれませんね。

気持ちを相手に言わなかった。

当時の私の性格を考えると、すべて対応するのは難しかっただろう。ただ、少なくともAさんのケースは対応できたはず。

『こういう理由で控えてもらいたい』とお願いするとか、Aさんが苦手にしていた上司にあえて報告するとか…。

「起きた出来事に何もしなかった」ことで、感情が中途半端になったのでしょうね。

そのため、私のなかでそれぞれの出来事が消化不良のまま、時間だけが経ち――苦い記憶として残ったのだと思います。

“意地悪な人”が教えてくれた

学生時代の経験から、意地悪風味な人がどうも苦手。AさんもBさんも私から見て、そのタイプの人でした。

『何でそんなこと言うんだろう…』みたいな発言も、ペロッとできる人。周囲が不快に思っても別に~みたいな。

でも変な話、AさんBさんのほうが私より人生充実しているように感じていた。勿論、耳にした話からそう判断しただけなんだけど…。

――実はココに、めちゃくちゃ重要なヒントがあった。

次、大事なこと書きます。

出来事からわかること

AさんBさんから、私はこういった姿勢を学ぶことが必要だったのだ。

「好きでもないし仲良くもない関係性の人」に悪く思われようが、大したことじゃない――と知る機会だった。

他人の表情や反応を、気にして気にして気にして気にして生きてきた私にとって「自分はどうしたいのか」をもっと考えるキッカケだったんだね。


私はA・Bさんとは逆で、関係性の薄い人でも悪く思われるのはイヤ。普段絡みがなくても、周囲の人には良く思われたい。

私なりに気遣いを意識し、出来る範囲で良い人だと思われるようにした。

――これが正解か不正解かは、お分かりだろう。この「斜め上の頑張り」が更に怒りを生んでいた。

私は周りの気分を害さないように過ごしているのに、どうしてあの人のほうが楽しく仕事しているの??


今は怒りの原因がわかる。周りからの評価のために、自分の気持ちや行動に制限をつけていた。

だから、周りを気にしないのに上手くやれていそうな人を見るとムカムカする。

あの時の私に必要だったのは、A・Bさんのように「他者の評価より、自分がどうしたいか?を考える」という価値観を持つことでした。

軽く扱われがちな原因は、自分にあった

「関係性の薄い人から軽く扱われる」というイベントは、私の人生では昔から割とあること。

仲のよくない同級生、通りすがりの誰か…社会人になっても続くので、理由を考え込んでしまった。

例えば私が何か変なしぐさをしているなら、言われるのも理解できる。でも何もしていない。

他者に軽く扱われること自体は、生きてりゃ別に珍しくもない。が…ちょっと確率高くないか?

これもまた、ちゃんと理由があったのだ。

出来事からわかること

ひとつは、先ほど[“意地悪な人”が教えてくれた]で挙げたように、周りからの評価のために、自分の気持ちや行動に制限をつけていた点。

反発したくても、大体の言葉は飲み込んできた。ただ、他者からするとそれは「何も反応してこない人」に見えるだけ。この選択肢って結局、自分で自分を損なポジションにしていたのね。


ふたつめは、記憶に質問してみるうちに『あーこりゃ自己評価だな』って思った点。

他者うんぬん以前に、私自身が私を軽く扱っていた。

『私はしょぼい存在なんです…』みたいな自己評価が、10代前半から強くあったんですね。

自己評価の面白い所は、自己評価を表す出来事を経験すると、その自己評価が確信に変化していく所。

私のケースで言うと、実際に他者から軽く扱われる現実を経験すると…

ほら!この人も私をバカにしている!
やっぱり私は価値のない人間なんだ!!

…というように、出来事にショックは受けつつも、自己評価が正しいものなんだと安心もあった。

自分で〔私は大したことない人間です〕って落とし穴を作ったのに、それにハマる度にツラいとか嘆いてる。

………バカバカしいね。でも、本気でやってた。しかも何年も。


ここに気付くまでは、私はいつも被害者だという意識がありました。気付いてからは、違う解釈ができるようになった。

あ、教えてくれてたんだ。と。

お前、自分を低く見てるだろ。だから相手もお前を低く見る。軽く扱う。イヤなら変えな。自分の見方。

私の中の私は、人間関係を通して何度も何度も、価値観の歪みを教えてくれていたんですね。

記憶が繰り返されるのは“消化不良”

Image by Wilfried Pohnke from Pixabay

…苦い記憶だけどあえて振り返ってみると、当時はわからなかったことが見えたり、あの時とは違った解釈ができるようになります。

そこに行くまでは、苦い記憶って無意味なリピートに思えちゃうんだよね。

では、どうして同じ記憶が繰り返されるのか?掘り下げてみましょう。

相手との関係が更新されない

何度も繰り返す記憶って、直接会うのが難しい人が多くないですか。

私の場合だと、苦い記憶の相手ってほぼこのどれか。

  • 連絡手段もなく、相手の現状も不明
  • 死別など、もう会えない相手
  • 関係性が変わってしまった相手

つまり、相手の新しい記憶が作られないから頭に苦いまま残っている。

初恋の相手とか昔好きだった人って美化しやすいじゃん。悪い記憶で終わってないから。あれの逆パターン。

心残り、ありませんか?

それに加えて、その記憶に心残りがある。真正面から向き合えなかった後悔、言い返せなかった無力感…。

  • 頭が真っ白で何もできなかった
  • 言い返したいのに声が出なかった
  • 毎回うまく対応できない
  • 相手が怖くて反発しなかった
  • 自分の思いを相手に伝えられない

記憶の数だけ色んな心残りがあると思います。

ボロボロになったとしても、みっともなくても、相手と髪の毛の引っ張りあいでもしていれば結末は違ったんだろう。そしたら、今ある記憶も違う内容だろうね。

あんとき超腹立ったけど、相手のあの顔笑えたな~とかね。

例え、もう記憶が上書きできないにしても、苦い記憶を苦いままにしておかない――消化していくことが重要なんだと思います。


消化していない記憶や感情は、どう消化していけばいいのでしょう。

これは人それぞれ合う方法合わない方法があるので…各自で検索お願いします。

私は以前「家族の座(※)」と呼ばれているセラピーを受けたのですが、そこでは、扱う記憶に必要な代理人を用意して進めるんです。

例えば両親との記憶を扱うなら、父担当と母担当の人を用意するみたいな。

※バート・ヘリンガーというドイツの心理療法士が確立したセラピー。家族間以外の関係性にも使われるらしいです。詳しく知りたい方は検索してみてください。

自分だけで完結しようとせず、人に協力してもらいながらアプローチする。相手と直接対面できなくても、こういったやり方でも記憶を更新できるんですね。

\ 本も書かれています /

相手を撃退するイメージ法は効果的か?

Pete LinforthによるPixabayからの画像

苦い記憶を何とかしようと、イメージを使う方も多いと思います。ここでは実体験として、ひとつ感想を紹介しておきます。

私は相手への怒り・憎しみが強かったので、いつかどこかで見かけた方法をイメージしてみた。

相手をやっつける(撃退する)イメージ法

結論:オススメはしません。

最初はまあまあ楽しめた。異世界転生した主人公みたいな。でも、撃退してもさほどスッキリしない。相変わらず思い出し怒りは続いている。

イメージし直しているのになんで?…考えていると、スッキリしない理由がよくわかった。

理由①撃退したから何だろう…

まず、私は相手に“肉体的に”傷つけられたワケではない。でも脳内では肉体的な撃退をすると。

わたし

↓↓
肉体的ダメージ

あいて

でも、わたしが相手に返したいのは、別に肉体的ダメージでも精神的ダメージでもない。

だから、肉体的ダメージを脳内で与えても、嬉しいって感覚にならない。

肉体的な恨み・憎しみがある相手であれば、もしかしたら有効かもしれないけれど…。

理由②言葉を使ってナンボ

理由①に関連して。私の場合、苦い記憶の原因って「言えなかった」というパターンが多い。

言えなかったのが原因なのに、脳内でも言わずにかかと落としとかするのは違うなぁ。って感じた。

理由③撃退し続けなくてはならない

このイメージを習慣にすると、今後似たような記憶ができた際、脳内撃退を続けてしまうリスクが生じるかなと。

そもそも脳内だから許されるのであって、リアルじゃ~やれない=自分のためにならない…というのが感想。


もし、この方法でスッキリして、記憶も感情もバリバリ整理し直せるなら別ですが…他の方法を探したほうが良さそうです。

まとめ

Photo by Designecologist from Pexels

その出来事をどう扱うかは、自分次第

例えば、出来事Aで生じた怒りを放置すれば、怒りに振り回される自分が続きます。

何かの拍子にカチッと出来事Aを思い出し、お腹に力が入ったり無性に怒鳴りたくなったりと、色んな身体反応が起こります。

その記憶にバタバタして過ぎ去るのを待つんじゃなくて、一度ストップをかける。

え、待って。私なんでこんな怒ってるの。みたいな。

変化のスタートです。怒っている自分から、怒りを見つめる自分への。

誤魔化しやすい世の中だからこそ、向き合おう

現代は、イヤなことを曖昧にできるツールが色々あります。美味しいもの、お酒、通販、エンタメ、インターネット…。

楽しみがたくさんあるから、ネガティブな感情を誤魔化しやすくもなりました。向き合わなくても勝手に消えるものと考え、なんとなくやり過ごせる時代。

でも、未来の自分を考えたら、誤魔化すのはもったいない。

ネガティブな感情って面白い。ひとつの感情だけでなく、様々な感情が合わさって表現されることが多い。

自分が怒った時を思い出してみると、無力感や悲しみ、嫉妬心なんかがくっついていたりね。

怒り=何かに怒っているだけ、とは限らない。

『人間知性論』という哲学書の著者(デイヴィッド・ヒューム)の言葉で、こんな表現がある。

深い悲しみと失望が怒りを生み、怒りが妬みを、妬みが恨みを、そして恨みが再び深い悲しみを生む。
※一部抜粋

ネガティブな感情って複雑。扱うのが大変。だから、向き合いに行くことに意味があるんだと思います。

過去は変わらなくても、解釈は変えられる

かなし美
かなし美

今、記憶を消化したって、あの時の私は癒されないよ…

そんな感情だってあります。

気持ちはよくわかります。一番救われたい私って、“あの時の私”なんだよね。あの時にどうにか助かりたかったんだよ。

“あの時の私”は現実にはもう居ませんが、引き継いでいるものがあります。過去の記憶と、そこから生じている感情・感覚です。

だから、過去の記憶―特に苦い記憶・繰り返す記憶―に今、向き合う。

あの出来事、私はずっと傷つくだけだったけど「新しい価値観を得る」という見方もできるんだなあ…

似たような相手にばかり振り回されてきたけど、これって、自分のこういう部分を修正しろ!と言われていたのかも…

ただ怒ったり、恨むだけじゃなくて、今までと違う感想が出てきたら、苦い記憶の価値を変えられるチャンス。

その変化に必要なのが、感情を誤魔化すことでも「許します!」「感謝します!」と無理にポジティブぶることでもなく…ひとつひとつ向き合い、解釈を変えていくことだと感じています。

その作業は、これから先の自分をプラスに動かしてくれる存在になると、私は考えています。

\ でも身体で発散したい…そんなアナタに /

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