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精神世界でよくある『そのままで完璧』とか意味わからん。どういうこと?…って思う人のための記事

ココロの話
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ざっくり書くと…
  • 『そのままで完璧』の意味を解説
  • 完璧じゃないのに?!なんてモヤモヤを解消します
  • ポイントは「存在」を重視して考えること

精神世界系ブログでよく見かける言葉ってありますよね。

個人的には『そのままで完璧』『あなたは完璧』という表現が、何年もの間理解できませんでした。

自分や環境に不満だらけの状態で、そんな言葉書かれても納得できなかったし、ベストだと思うことにしても、本音ではそう思えないから精神世界に興味を持ってるんだし!

ただ、ぐるぐる考えているうちに、知識や経験が繋がって『ああ、こういうことなのか!』と実感できるようになったので、シェアしたいと思います。

スピリチュアル用語はナシで解説するから、ぜひ読んでいってね!

こんなことがわかるよ!
  • 「そのままで完璧」って何?
  • 具体的にどう考えたらいいの?
  • 既存の解説を見ても理解できないんだけど…

なぜ違和感が生じるのか?

そもそも『そのままで完璧』って、どうして違和感が生じやすいのでしょうか?これは「完璧」という単語をどう捉えているか?が関係してきます。

つまり、自分が持っている「完璧」の意味をインプットしなおせば『そのままで完璧』の受け取り方も変わってくる=理解しやすくなる、ってことです!

では、どうやって考えたらいいのか、次の項目から説明しますね。

「完璧」の意味を捉えなおす

あなたは、どんな時に「完璧!」って言いたくなりますか?

女性A
女性A

仕事がキッチリできた時!

女性C
女性C

推しの顔や性格や考え方が最高すぎて出る!!

などなど、おそらく“パーフェクトな時に使う”方が多いかと思います。

ただ、この感覚を持ったまま『そのままで完璧』を理解しようとすると、難しいです。

何故なら、普段使う「完璧」は、何か理想があってそれに現実が当てはまった時に発動する単語だから。

自分の中に何かしらの完璧があるのに、アナタは完璧だとか今が完璧とか言われるから、違和感がある。

だから、完璧のイメージを崩せばいいんです。


例えば、ここにひとりの女性がいるとします。

この女性は…

  • 長年付き合っていた恋人に
  • 好きな人ができてフラれた
  • と思ったら
  • 職場が大リストラを決行して解雇に

職もパートナーも失ってしまいました。

さて、この状況をどう思うか?

  • かわいそう…
  • 彼ナシ無職とかしんどいわ
  • ゆっくり休む時期なのでは?
  • 私なら趣味を全部楽しむ

このように、置かれた状況に悲観的になる人もいれば、逆にひとりを味わう良い機会と楽観的に捉える人もいます。

ひとつの出来事を見ても、それに対しての感想って本当にそれぞれなんですよね。

この感覚です。

この感覚を、自分に対しても持つことが『そのままで完璧』の意味を理解するうえで重要になります。

良いと思ったものだけ加点するから、ツラい

同じように、自分が持つ「完璧」のイメージは、自分のものでしかありません。

誰かにとっては『いや、それレベル高すぎない?』って程に厳しい条件なこともあるし、逆に『え、そんなことで?』って程にささやかな条件だったりもする。

つまり、完璧というものはみんながそれぞれに持っているもの。一緒なようで違うのです。

テストで100点を取ろうと頑張る。でもできない。学力テストであればそりゃ点数は高いほうが有利です。でも人生は、学力テストとは違って自分基準で採点していいもの。

ってことは、自分で不正解にしているのです。わざわざ。

で、ここに疑問を感じる方もいるかと思います。

『自分は全然マルじゃないのに、マルなんてつけられないけど』

何かを得なければ「バツ」なのか?

『自分は全然マルじゃない』と思うなら、マルをしない理由があるはずです。

『××できてないし…』
『何もしていないから』
『なんとなくだけど、マルではないから』

大体、何かをしたり得ていないからダメ、という思いがあります。

私たちは自分が望む状態に達した時に、マルをつけたくなります。しかし、逆に言えば望む状態に達しない限りは、いつまで経ってもバツなのね。

研究者は「バツ」の連続か?

先ほども触れましたが、学力テストとは違い、人生は自己採点オッケー。だから採点基準次第では、どんな状態でもマルをつけられるのです。

それなのに、マルをつけない。どうして?

バツばっかりつける採点基準を使っているからです。そしてそれは、自分が作り出している基準なんですね。

そもそも、何かをしたり得ていないとダメって、誰が決めたのでしょう。

自分です。

だから、マルの基準を、ぐーっと低くしたらいい。

『今日も生きてたから』
『元気だったし』

何かしたからマルじゃない、何かしなくても、生きてるだけでマルなんだ。


この考えの良いところは、悲しく苦しい出来事があった自分でも、ぶれることがないところです。

  • 大好きな人にフラれたのに、マルなんて思えない!
  • 仕事で失敗して会社に迷惑かけた私がマルとか、バカバカしい…

こんな感じで、とてもじゃないけどマルなんかつけられない!って状況になったとしても、マルになるからです。

だって、生きてたから。存在していたから。

どんなことがあろうと、そもそも「それ」がマル。悲しく苦しい出来事が起こるのも、全て生きているからです。

実は「自分で作った条件」から解放してくれる言葉

こうやって言葉の意味を深く(?)掘り下げていくと、実は『そのままで完璧』って、自分の中の条件だとか思い込みとか、そんなものから解放してくれる言葉なんですね。

特に、私たちは【頑張って勉強して、テストで高得点をとると良い】なんてパターンが小さい頃から当たり前です。条件付き加点にあまり疑問を持ちません。

人生が順調に進めばこんなことはどうでもいいですが、上手くいかないと苦しくなってくる。

『私には何が欠けているんだろう』
『こんなに頑張ってるのに…自分に足りない点はなんだろう』

無意識のうちにまた、加点をしようともっと頑張ってしまう。

だから、条件付き加点じゃなくてもいいよってことに気づく。すると、それまで邪魔だった感情や出来事、行動などに対しても、ラクな気持ちで向き合うことができるようになる。

どんなことがあってもいい。だって私は、存在している時点でマルなんだから。

『そのままで完璧』の出来あがりです。

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