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視界のプチ断捨離をするだけで、思考や気持ちがラクになった話

Photo by Rodion Kutsaev on Unsplash
この記事は約4分で読めます。

断捨離といえば「対モノ」が一般的ですが、モノが好きな私はイマイチ進みません。

だから、まず視界の断捨離を実践しました。

いわゆる情報の断捨離ってヤツです。情報収集をやめました。少し。

本記事はその記録です。

「視覚を断つ」体験談となれば幸いですし、似たような性格の方であればより参考になるかも。多分。

  • ネットサーフィンが好き
  • 情報や文章を眺めるのが好き
  • 頭が疲れる感じがする
  • 誰かの言葉に影響を受けがち
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視界の断捨離とは

まず視界の断捨離という言葉についてちょっと説明します。

人によって取り組み方は異なると思いますが、私が実践したのは

必要のない視覚情報を断つ。

視覚情報とは、目で捉えている情報(文字・写真・動画)が主でしょうか。

私の場合はこうやって記事を書くのが好きですし、情報の波を完全に断つことは難しい。

なので、断捨離の“断”を意識して実践しました。


現代で「五感」が一番使われているのって視覚だと思うんですね。

脅かすわけじゃないけども、ストレートネック(スマホネック)や急性内斜視などの現代の症状は、視覚が影響しています。

スマホで若者の「斜視」増加か…適正な距離と使用時間はどれくらい? - FNN.jpプライムオンライン
プライムニュース イブニング 3年前から10代を中心に患者数が3倍ほどに急増 国立成育医療研究センター「スマホの過剰使用が斜視の発症や悪化を招く可能性」 10歳以下は要注意 子どもが発症しやすい理由と

 

■簡単にやめられるものは、簡単に始められる

この「視覚による情報過多」は、前から気にしていたものの、なかなか断てなかった。

見るのをやめるのが簡単な情報は、見るのをやめるのをやめるのも簡単です。

 

じゃあなんで断てたかと言うと、

『あ、私はもうココの情報そんなに必要ないかも…』

ふと感じたことを尊重したから。

ネットサーフィンは楽しいんですけど、同時に

『何やってるの?自分』
『しんどくない?』

って思う自分もいて。

両方の気持ちを自覚していても「楽しい」を選んでいました。

感情の天秤

でもそれじゃあ、今のままだなと。


やめたとしても、またスグ見たくなるかなと考えてましたが、やってみるとそんなことはなくて。

何やってるの?自分…って気持ちは、正解だったんだね。

だからこういう気持ちが出てきたら、断捨離のチャンスだと感じていい、と思います。

ちょっと断つだけでも、ラクになる

断つ前

▼ ▼ ▼

断った後

正直、ちょっと断っただけでも予想以上に気持ちがラクになりました。

  • 他者への批判や攻撃などの情報が視界に入りにくい
        ↓ ↓
  • 誰かの価値観が入りにくい
        ↓ ↓
  • 自分の価値観が揺れにくくなる
        ↓ ↓
  • 自分の思考も安定しやすくなる

なんかこんな感じで落ち着きます。

雑音の多い動画の音量を下げるイメージですかね。音は小さくなるけど、雑音も感じにくくなる。

うん、だから当然のことなんだけど…。


視覚の断捨離をはじめたのは、昨年の秋頃から。

どんな情報を断ったのか?

ちょっと言いにくいんですけど………ゴシップやまとめサイトです。

このふたつって共通点があるんですよね。

他人事な言葉が飛び交いやすい。

(※個人の感想です)

Twitterなんかは自分のことを投稿するツールですが、まとめサイトってのは大体、人のことをネタにしてるんですよね。

そんなに興味なくても、そこには刺激がある。

そう。

他人事な言葉にそんなに興味ないのに、わざわざ見に行っている。

 

バカですね~…。

いらない情報とわかっているのに、どうして欲しがるの

女性A
女性A

見なきゃいいのに・・・

それに尽きます。わかってます。でも見に行ってしまうの。

何故か。

 

単純に寂しいんだと思う。

「頭が」なのか「視覚が」なのか「心が」なのかまでは、判断できてないんだけど。

見ていると落ち着くというか、情報を追っかける謎の安心感。これ、情報好きな人はあるんじゃないかな。

それは別に、誰かへの否定的なコメントでもいい。何か追っかけてたいんです。

 

■なら、寂しくなければ断てるじゃん

気付いたね。私は。

寂しいのかも><と思うなら、寂しくならなきゃ不要な情報収集はしなくなってくのでは…と。

自然と、視覚の断捨離しているはずなのでは。

…。

こんな簡単なことだったとは。


情報って、今の世の中いくらでも見れる。

だから意識しないと、つい見過ぎてしまう。

食事と違って、満腹だと気が付きにくいから。

腹の足しにもならない情報なら、まだいい。

得すぎた情報が、自分の思考や価値観を傷つけることもある。

雨が降っても風が吹いても揺れないくらいの「自分への自信」があるなら、きっと大丈夫なんだろうけどね。

人の体は食べたもの「だけ」でつくられるのか

健康の話になると、よく『食べ物気をつけなきゃな~』って話になります。

口に入れるものは確かに大事ですけど、それが全てでもないと日々考えます。

人を形づくる要素って、食べることがフォーカスされがちだけど、結構沢山ある。

聞く音、
話す言葉、
着る服、
身につけるもの、
触れるもの、
嗅ぐもの、
目にするもの…

ママの話し方にそっくりな小さい子供って、いるじゃないですか。笑

ちゃんと親の言葉を聞いて認識している証拠ですよね。

大人になっても、好きな人の口ぐせを意識しちゃったりするわけで。

目にするものも、これと同じだなと思ったのが、視覚の断捨離を意識はじめたきっかけのひとつです。


少々真面目?な話になってしまいました。

しかし、随分落ち着いた心で記事を書けている自分を見ると、視覚を断つことの効果はジワジワあるのではないかなと感じてます。

ちょっとした整理から始められるので、ぜひチャレンジしてみてくださいね。

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