Last updated 19.08.18(ブログ運営)

「目に見えない」の難しさ。だからこそ向き合いたいのだ。~ケーキの切れない非行少年たち(新潮新書)

Photo by Danielle MacInnes on Unsplash
この記事は約6分で読めます。


ニュース記事を読んだらすっごく気になったので買いました。

タイトルもオビも、インパクトあるよね。

 

 

思考の歪みを修正し適切な思考を増やし、問題の改善を図る治療法のひとつ「認知行動療法」。

性加害者への治療に効果的とされる方法だが、認知機能が正常であることが条件だ。発達障害など、認知機能が弱い人への効果は証明されていないのだ。

では、認知機能が弱い人はどうすればいいのか?

そういった子らの施設が、医療少年院―非行少年が収容される特別支援学校のような場所だ。

精神科医から法務技官(※少年鑑別所などへ配属される国家公務員)になった著者が見た、罪を犯すことになった子供たちの実情。

問題提起だけでなく、ケア方法「認知機能強化トレーニング」も紹介されています。

個人的に気になった部分をピックアップとレビューです。

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印象的な項目

Photo by Victor Garcia on Unsplash

わかっていない子供たち

「図形」が認識できない

やや複雑な図形を模写させるという神経心理学検査。これは子供の視覚認知力などを確認するための課題だそう。

ある少年にテストしたところ、描かれた図形は模写ではなく、元の図形を歪ませたものであった。

「三等分」に困る

一つの丸が書かれた紙を見せ「これはケーキです、三等分にしてください」と質問すると

半分にして困ってしまう、等分をわかっていない・・・など問題の意味をそもそも理解していない少年たちが出てきたそう。

驚くことに、これは小学生の回答ではなく凶悪犯罪をした中高生たちだというのです。

性犯罪者の背景は性癖なのか

被害者が被害者を作る

幼い子供を標的にした事件の加害者などは『性癖が異常なのでは』というイメージを抱かれやすい。私もそう思う部分があった。

しかし、実際はそうではないことが多いらしい。

ある医療少年院にて性非行少年と話すと、ほぼ例外なく「いじめの被害者」であったことが背景に浮かんできたというのだ。

つまり、いじめで受けるストレスが少年たちを加害者にさせてしまった―と。

だからといって罪を犯していいわけではないけど、少年たちのストレスが性犯罪という行動によって昇華されているとしたら?

嗜好で片づけたり性視点でのカウンセリングは、再犯防止として適切なんだろうか。

「ケーキの切れない非行少年たち」感想

Photo by Annie Spratt on Unsplash

この著者が言いたいことは大体タイトルに集約させているのかなと感じました。

まずは共感した部分について触れていきます。

「理解させる」教育の限界

少年少女たちが過ごす医療少年院で行われる矯正教育も学校教育も、理解させることが目的。

例えば子供が「宿題をしない」とする。普通であればやる気がない・だらしのない子供だと思うかもしれないが、本当は「宿題をしない」のではなく「取り組めない」状態に陥っているとしたら?

向き合い方が全然違うね。

ココで対応を変えられたら、子供の将来が変わるかもしれないというのはすごく思うな。実際は親の理解・協力が一番の課題でしょうから、学校単位でのシステム作りが重要になってくるんだろう。

社会も変える取り組みになる可能性だってあるのは、興味深かったですね。

変われる少年たちは何を知ったのか

全体的に問題提起が強めの本書でキラリと光る項目。
(第7章 非行少年から学ぶ子どもの教育)

入院をした彼らが施設内で大きく変わっていったきっかけとは?様々な声が挙げられています。

読んでて涙が出ました。もう少し読みたかった。数ページしかないんだよ。増量モトム。

感情のペットボトル

教材を使わずとも取り組める認知機能トレーニングも紹介されているのですが、そのひとつに「感情のペットボトル」という方法があります。

面白い。

認知機能云々抜きにして、私これ子供の時に受けたかったな・・・。

「うれしい」「さみしい」「こわい」「くるしい」など、人が抱く感情をペットボトルに見立てる方法ですが、大人に向けてもわかりやすそう。

色々応用もできそうで、誰でも買える教材としても広まればプラスになるんじゃないかな~と思いました。

この方法は本書ではなく別書籍の方が詳しいようです。

 

とまぁ、色々興味深いことはありましたが、一番気になったのは非行少年たちの特徴を「障害」として意識され過ぎではないか

という部分です。

タイトルやテーマ上そうした方が説明つくのかもしれませんが。

「障害」とする難しさ

特に『不適切な自己評価(第3章)』『子どもたちが発しているサイン(第4章)』。

言動から見られる性格の特徴って、脳の弱さと結論付けていいものなんだろうか。

いや、断定して説明されているわけではないし著者は精神科医から法務技官になった方なので、そう判断する理由もあるのかもわかりません。

ただ、このような内容が広まることで誤解が生まれるのも避けたい。

 

言動の背景には性格があり、性格の背景には過去の経験や感情があると思うのです。

性格って本人が最初から持っているものもあるし、環境がそうさせていることもある。大人も含めて。

でもそういった経験までは目に見えない。だから体の反応として障害やサインが起こるのかもしれない。

自己評価も同様で『適切な自己評価は適切な対人関係から生まれる』とありますが、

本人がどうであれ対人関係次第で自己評価なんてすぐ歪みませんか。

などと考え始めてしまい、ココへの違和感が止まりませんでした。

 

・・・とまあ、ここが目に見えないモノへの難しさ、捉え方の難しさなんですよね。

どちらかというと、私は非行少年たち側の人間。学校が嫌いだったし非行もあった。私の場合は完全に理不尽ないじめだけども。

だからか、どうしても彼ら側に立って考えてしまいましたね。なのでココは反発させてほしい。

学校という集団で1日の大半を過ごす場所で問題があるのは、大人が捉える以上にストレスなんです。

今はネットの存在も大きいでしょうけど、大体が学校と家が生活のほとんど。逃げ場がないんですよね。

子供は大人と違って自由になるものが少ないし、ストレスが続いて思考が止まる様な感覚がある。非行に走ってしまう気持ちがわかる。

著者は「障害」としていますが、どちらかというと「サイン」と認識していく方がありがたいかな。認知機能云々は置いといて。

サインを出している子供たちがいるのであれば、受けとる大人が必要ですが、子供にとって身近な大人は家族か先生です。

子供のいつもと違う言動やサインを見つけられるかは、大人たちにかかっています。

本書では度々「子供たちの想像力の弱さ」に触れていますが、一番想像力が必要なのは言うまでもなく子供たちを見る大人の方。

相手の立場を考えるという気遣い、そしてそのためにやれることを見つけていくという行動が求められているのではないだろうか。

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