Last updated 19.08.18(ブログ運営)

ネットサーフィンがやめられない物理的対策?ソレをするならココロも一緒にしよう

FunkyFocusによるPixabayからの画像
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スマートフォンでいつでもネットに繋げる現代、知らないうちに「スマホが手放せない」「長時間のネットがやめられない」など、ネットの”沼”から抜け出せないひとも多いかと思われます。

専門的な見立てや承認欲求が~的な記事は沢山あるので、本記事では「やめられないココロ」に特化して解説します。

お付き合いいただければ幸い。

 

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物理的対策では解決できないココロ

やめられない・時間を使いすぎてしまう理由は、結局のところ精神的なものです。

精神状態は目に見えません。だからこそ気付くのが遅くなったり、対策も難しい。

物理的対策はすぐ取り組めますが「やめられない精神状態」に気付かないと、対策は「抑制」でしかありません。

根本を考えずに抑え込んでも、力尽くといった状況です。どこかで反動が起きるでしょう。

では、精神的な理由とはなんだろうか。

「ぼーっとする時間が怖い」

Photo by Zulmaury Saavedra on Unsplash

「ぼーっとする」ができないひと、いませんか?

何もしないで過ごす時間に抵抗がある。何でもいいから何かしていたい。

公園のベンチで景色を見てボヤっとしたり、自室のベッドで何もしない時間を過ごす…

これらのような行動が苦手で、空白の時間を作るのが億劫。私も結構コレです。日常行動に”ながら”が多いんですよねえ。

この気持ちの奥には『何かしていないと不安』『何もしない状況はダメだ』などの隠れた本音があるのかもしれません。

「何もしない=悪いこと」

こういった法則が自分のなかでできていると、何もしない選択は苦しいでしょう。

何故、何もしないを「したくない」のか?探ってみると発見があるかもしれませんね。

「情報を眺めてると落ち着く」

ネットメディアって楽しいですし、知的好奇心旺盛ならば頭の中の情報アップデートも必要なこと。

ですが、頻繁にニュースチェックするのが習慣である、SNSの新しい投稿を確認しないと気が済まない、見なくていいサイトだけどつい見に行ってしまう…

ちょっと待って。情報を見る行為に走りすぎていませんか?

世の中は情報で溢れすぎています。知らなくても問題ない情報が山ほどあります。自分に必要な情報の選択は、現代を生きるためには欠かせません。

情報を抱えすぎていませんか?

いる情報、いらない情報。整頓しましょう。「眺めてると落ち着く」が「落ち着く」かもしれませんよ。

また、必要以上に情報を欲しがるということは、情報を通して社会と繋がっている感覚を得たい…ということも考えられます。これについては後ほど触れます。

「やることがない」

正しくは、やることがあってもスマホに手がのびる。

こっちの方が楽しいしラクチンなのがわかっているから。

切羽詰まった状況であればネットサーフィンする余裕はないはず。ある意味で平和の証拠とも言えますね。

この対策はシンプルで、スマホやネットの優先順位を下げること。

これに関しては物理的対策と合わせるといいです。脱出するのみ。

難点は仕事や趣味がネット上にある時、いかにしてスパッと切り換えるかですが…。

「他者と繋がりたい」

rawpixelによるPixabayからの画像

一番大事なので最後にまとめました。

マズローの欲求5段階説』を知っていますか。人間の欲求はピラミッドのように構成され、低い段階の欲求が満たされるとより高い段階を欲求していく―と言われる説です。


この説にネットを当てはめると、人と繋がったり仲間を欲するのは社会的欲求。

ここが満たされてこその「尊厳欲求」―他者から認められたい、好意的なアクションが欲しい…といった承認欲求になるのではないかと。

SNS映えを狙うひとたちのニュースは、承認欲求が云々といじられがちですが、私はその前段階=社会的欲求を求めているひとも多いんじゃないかと感じてます。

人間はひとりでも生きていけないとは言いませんが、ひとりきりで社会と繋がることは困難です。

社会や生活は、必ずどこかに他者がいて成り立つモノだからです。

他者と関わりを求めることは自然な欲求であり、そして避けて通るのも不自然な欲求だと言えるでしょう。



以前の私も「いいね!」集めって承認欲求からくる行動じゃない?と考えてました。

しかし自分の過去を振り返ってみると、そうとも言い切れないかな…という経験があったので書いておきます。

冒頭で『解説したい』とか言ってる私も、ネットでバカバカしい記憶をたくさん作りました。

例えば現代の携帯通信費って定額制が当たり前ですが、私が初めて持った携帯はガラケーでして、使った分だけ通信料が請求される時代でした。

…お分かりいただけたでしょうか…。

掲示板など、ネットサーフィンにドハマリしてしまい「パケ死」を繰り返していました。

※当時は料金的な意味で使われていましたが、今は通信量的な意味で使うそう。

幸か不幸か当時は写メ(笑)の画質も悪く、黒歴史を発揮したサイトは大きく変化したか閉鎖したので情報も残ってませんが、情けない記憶のひとつ。とほ。

それ程までハマッてしまった理由が、今だとよくわかります。

新しい刺激だったというのもありますが、誰かと繋がっていたかったのが大きいんですね。

承認欲求というより「繋がりそのもの」が欲しかった。

何故そう言えるかというと、当時の私はホヤホヤの社会人でしたが、勤め先の女性従業員(当時で40代くらい)による有る従業員への陰口が面倒で面倒で…。まぁ、女性中心の職場あるあるです。

だから休憩時間はネットに逃げたのです。社会人になって持った携帯を使って。

現実で関わりたくないひとと繋がるより、ネット上のコミュニケーションのほうがラクだしマシ。

それが掲示板にハマったきっかけ。

現実的に社会的欲求を満たしていくより、ネットの方が満たしやすかったのです。

 

「しない」選択の難しさ

上に挙げたのは一例ですが、共通していえることは「しない」選択ができなくなってること。

何もしない・見なくてもいいなどの選択をしてもいいのに、避けてしまうのです。

何故避けているのかはひとによって違いますが、普段の生活で抱えるスキマ…「寂しい」「評価されたい」「刺激が欲しい」などの感情を、ネットを使って誤魔化している可能性も考えられます。

なんとなくやっている習慣の裏には、本当の意味で欲しているモノに気付けていないサインが出ているのかもしれません。

『自分はこれだなぁ』と思える理由が見つかったら、あとはシンプル。

『サインってこれじゃないかな?』というココロを見つけてみてくださいね。

 

大切なのは慣れること

今やっている行動を変えるには、新しい行動の上書きが有効です。

ポイントは「習慣化」。

人生全てに言えることですけど、慣れるまでが大切。ポンとやめられないかもしれませんが、それは当然。

スマホを手にするよりラクな行動って、なかなかありません。

人間は「○○だけ!」という方法に弱いです。元を断つのは簡単ですが、不都合が出やすいツールであるのとスマホやネットと繋がる行為自体ハードルが低く、非現実的である印象が拭えません。

だから段階を踏んだ方が確実なのです。

スマホは触ってOK。その代わり、見る内容を変える。夜は触らない。通勤時間はカバンの奥にしまっておく。

…このように、なんでもいいから変化をつけて習慣化する。

自分で作りあげた習慣は、自分で上書きしていくしかありません。

新しい行動の上書きあるのみです。

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