Last up ◇ 12.02 - おすすめスピリチュアル本 ◇

ネットサーフィンをやめたい時は「やめられないココロ」も一緒に対策しよう

FunkyFocusによるPixabayからの画像
この記事は約7分で読めます。

スマートフォンでいつでもネットに繋げる現代、知らないうちに『スマホが手放せない』『長時間のネットがやめられない』など、ネットの沼から抜け出せないひとも多いかと思われます。

専門的な見立てや承認欲求が~的な記事は沢山あるので、本記事では筆者の経験を織り込みつつ、やめられないココロに特化して解説します。

わかりやすくネットサーフィンとしましたが、ゲームやSNSに置き換えても応用可能だと思いますので、お付き合いいただければ幸い。

... Sponsored Link ...
... Sponsored Link ...

物理的対策では解決できないココロ

結局のところ、ネットをやめられない・時間を使いすぎてしまう理由は、精神的なものです。

精神状態は目に見えないので、気付くのが遅くなったり対策も難しい。でも、だからこそ対策が必要。

物理的対策とは違い、精神面は「やめられない・やめたくない精神状態」に気付かないと対策できません。

物理的対策で抑え込んでも、それは本当の対策にはなりません。やめられない根元をつかまずに抑制しても、どこかで反動が起きるでしょう。

では、精神的な理由とは一体どういうことでしょうか。

「ぼーっとする時間が怖い」

Photo by Zulmaury Saavedra on Unsplash

「ぼーっとする」ができない。

何もせず過ごす時間に抵抗がある。何でもいいから手や頭を動かしていたい。空白の時間を作るのが億劫。


公園のベンチで景色を見てボヤっとしたり、自室のベッドで何もしない時間を過ごす…

これらの行動が苦手な人。私も結構コレです。

この気持ちの奥には『何かしていないと不安』『何もしない状況はダメだ』『常に何かと繋がっていたい』などの本音が隠れている可能性が、ある。

「何もしない=悪いこと、ダメなやつ」

この法則が頭の中でできていると、日々の行動やちょっとした空き時間に「何もしない」選択は苦しいでしょう。結果、何かする=ネットやスマホで時間を埋めてしまうのです。

何故、ぼーっとできないのか…?探ってみると、見えていなかった自分の発見があるかもしれませんね。

「情報を眺めてると落ち着く」

ネットって楽しいんですよね。毎分毎秒で新しい投稿が更新され、見ても見ても違うコンテンツが山ほど届く。

ちょっと待って。「情報を見る」という行為に走りすぎていませんか?


世の中は情報で溢れすぎています。知らなくても問題ない情報も山ほどあります。自分に必要な情報の選択は、現代を快適に過ごすためには欠かせません。

だけど、頻繁なニュースチェックが習慣になっていたり、SNSの新しい投稿を確認しないと気が済まない、見なくてもいいサイトなのに見に行く…

余計な情報を抱えすぎていませんか?見なくていい情報をわざわざ見るのは、何故でしょうか。

必要以上に情報を欲しがるということは、情報を通して社会と繋がっている感覚を得たいということも考えられます。これについては後ほど触れます。

「やることがない」

やることがあってもスマホに手がのびる。


本当に切羽詰まった状況であれば、ネットする余裕はないです。なので、ある意味で平和の証拠とも言えます。

対策はシンプルで、スマホやネットの優先順位を下げること。

これに関しては、物理的対策が必須です。スマホやネットより心躍るモノを見つけるのも有効ですよ。

ネットの方がラクチンってわかっているからこその行動なので、その状況から脱出するのみ。

昼休憩、就寝前など、ネットやスマホが無くてもいい時間帯に対策を行います。仕事や趣味でネットに触れることも多いと思うので、その辺は無理に頑張らなくてもオッケー。

普段スマホで本を読んでいても、手元にお気に入りの一冊を置いてみる。

たったそれだけでも、少なくともその間はスマホの優先順位を変えられます。私もこれは実践済みです^^

「他者と繋がりたい」

rawpixelによるPixabayからの画像

一番大事なので最後にまとめました。


マズローの欲求5段階説』を知っていますか。人間の欲求はピラミッドのように構成され、低い段階の欲求が満たされるとより高い段階を欲求していく―と言われる説です。

この説にスマホ・ネットを当てはめると、人と繋がったり仲間を欲するのは社会的欲求だと考えられます。

ここが満たされるから「尊厳欲求」―他者から認められたい、好意的なアクションが欲しい…といった承認欲求へ行くのではないかと。

SNS映えを狙う方たちのニュースは承認欲求が特にいじられがちですが、私はその前段階=社会的欲求を求めているひとも多いんじゃないかと感じてます。

人は1人では生きていけないとは言いませんが、1人きりで社会と繋がることは困難です。社会は必ずどこかに他者がいて成り立つからです。

他者と関わりを求めることは自然な欲求であり、そして避けて通るのも不自然な欲求だと言えるでしょう。


私も前は、いいね!集めって承認欲求じゃない?と考えてました。

しかし自分の過去を振り返ってみると、そうとも言い切れないかな…という経験があったので書いておきます。

冒頭で『解説したい』とか言ってる私も、ネットでバカバカしい記憶を沢山作りました。

例えば、今、携帯通信費って定額制が当たり前ですが、私が初めて持った携帯はガラケー。当時は使った分だけ通信料が請求される時代でした。

…お分かりいただけただろうか……。

案の定、初体験のネットにドハマリしてしまい「パケ死」を繰り返していました。

※パケ死
当時は料金的な意味で使われていましたが、今は通信量的な意味で使うそう。

幸か不幸か当時は写メ(笑)の画質も悪く、利用していた掲示板は大きく変化したか閉鎖したので情報も残ってませんが、情けない記憶のひとつ。とほ。

それ程までハマッてしまった理由が、今だとよくわかります。

新しい刺激だったというのも勿論ありますが、誰かと繋がりたかったのが大きかった。承認欲求というより「繋がりそのもの」が欲しかった。

何故そう言えるかというと、当時の私はホヤホヤの社会人でしたが、勤め先の女性従業員たち(当時で40代くらい)による某従業員への陰口が面倒で…。女性中心の職場あるあるですけど。

だから休憩時間はネットに逃げた。携帯を使って。

現実で関わりたくないひとと繋がるより、ネット上のコミュニケーションのほうがマシ。

現実的に社会的欲求を満たしていくより、ネットの方が満たしやすかったのです。

それが掲示板にハマったきっかけでした。

「しない」選択にある本音を探そう

これまで挙げたのは一例ですが、共通していえることは

「しない」選択ができなくなってる。

何もしない・見なくてもいい選択もできるのに、何故かそれを避けてしまうのです。

その避ける理由はひとによって違いますが、普段の生活で抱えるココロのスキマ…「寂しい」「評価されたい」「刺激が欲しい」などの感情を、ネットを使って誤魔化している可能性も考えられます。

なんとなくやっている習慣の裏に、自分で気付けていない本音が出ているのかもしれません。

例えば、これまで解説した「なんとなくネットをやりすぎる理由」を考えてみます。

寂しい
┗ 今の状況や環境が寂しいと思ってないか?
┗ 楽しいことをやっているのに、何故寂しいのか?
誰かにイイって言ってもらいたい
┗ イイって言ってもらった先にあるものは何?
刺激が欲しい
┗ 生活に刺激が欲しいと思っているのか?
┗ 自分は退屈だと考えているのか?
暇つぶし
┗ ソレでつぶさなきゃいけない程、自分の人生は暇だと思うのか?

…ネットに意識が向く気持ちは、自分の本音を探る表面上の問題でしかありません。その気持ちの奥にある言葉が重要です。これをつかまえてやりましょう。

言葉が見つかったら、あとはシンプル。ああ、自分はそう思ってたんだなぁ…と受け入れたらいいのです。

その上で、今後どうしていきたいですか?

大切なのは慣れること

辞めるにはどうしたらいいのか。今やっている行動を変えるには、新しい行動の上書きが有効です。

ポイントは「習慣化」。

人生全てに言えることですけど、慣れるまでが大切。ポンとやめられないかもしれませんが、それは当然。

スマホを手にするよりラクな行動って、なかなかありませんから。

人は「○○だけ!」という方法に弱いです。電源オフやアプリなどで元を断つのは簡単ですが、現代社会にスマホ断ちという行為は不都合が出やすく、非現実的な手段でもあります。

だから「スマホを触ることはOK」として、それ以外の方法で工夫して習慣化していくほうが現実的。

アプリやブックマークを徹底的に整理する。見る内容を変える。夜は触らない。通勤時間はカバンの奥にしまう。ケースをつけてスマホにひと手間足すのもアリ。

なんでもいいから変化をつけて、習慣化する。

自分で作りあげた習慣は、自分で上書きしていくしかありません。

新しい行動の上書き、あるのみです。

∀`*)コメントする?

トップへ戻る
タイトルとURLをコピーしました