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自分の中に「もう一人の自分がいるような感覚」がある原因

ココロの話
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はじめに

一応書いておきますが、多重人格だとか急に別人物と入れ替わっちゃうのとか、そういう話ではないです。

でも、タイトルの通りです。私のなかで私を否定する“もうひとりの自分”は誰なのか?…という話。

それではどうぞ。


それは最初「違和感」だった。

例えば、趣味を楽しんでいる時。私はアクティブな趣味ってほとんどないんだけど、野球観戦が好きで、数年前までは時々球場に試合を観に行っていた。

現地で飲食にお金を使い、好きな選手のグッズを買い、1プレイ500円の抽選会にドキドキし(今は知らないけど当時は景品単価的に元が取りやすかった)、ファンクラブ会員限定ガチャガチャを楽しむ。

野球観戦って、時間もお金もかかるんよ…でも現地でお金を使うのは楽しく、“好き”が充実している状態のはずでした。

ただ。時々、自分の中から声がする。楽しんでいる自分を冷ややかに見る自分の声が。

(ずっとこんなことをしていていいのか?)
(本当に楽しいの?)

割と強い違和感だったが、この時は「野球にお金をたくさん使っている自分への罪悪感」からくる感覚なのかな、と思うだけだった。


また違う場面でのこと。飲み会でみんなとワイワイやっている時。

陰キャなので飲み会はほぼ苦手ですが、比較的仲の良い人が多い飲み会は楽しい。普段は騒がない私も、ついテンションが高くなり(ほとんど飲んでいないのに)いつもより一段階ハイになる。

わさわさ騒いで楽しんでいると、ふとこんな言葉が頭の中を走り回る。

(こんな状況、私には似合わないから)

野球の時とは違い、この場面は違和感の理由が全くわからなかった。内向的な私にとって飲み会は貴重な交流機会だし、飲み代に散財したことは一度もない。後ろめたさは何もない。

…この現象は一体、なんだ?


何度か経験してみて、自分の中から声がする場面の共通点がわかった。

こんな時に声が聞こえるぜ!
  • 何かを楽しんでいたり、夢中になったり、1日を充実させている自分の時にわかりやすい
  • テンションが高かったり、気分が高揚していると出現率UP
  • その声は決まって、否定的

私はこの現象を「私の中にもうひとりの私がいる」と判断した。しかし、なぜこの現象が起こるのかまでは、推測できずにいた。

ただ不定期に現象が発生したもんだから、不本意ながらも付き合っていた。そうするうちに「もうひとりの私」の正体がだんだんと見えてきた。そして、ハッキリと掴めた。

もうひとりの私の正体は「思い込みを大事にしている自分」だった。

Photo by Rhett-Wesley on Unsplash

思い込みを大事にしている自分とは?

自分が勝手に作った思い込み─「歪んだ自己評価」を大事にしている自分である。

私の場合、歪んだ自己評価は色々あるが、基本はこの二つ。

『私には価値がない』

『私の存在は大したことがない』

この二つがあれば、人生の大体の出来事に説明がつく。

で、この自己評価は、対母親との関係をきっかけに作られたものだったんだ。

詳しくは別記事でまとめています。

この「思い込みを大事にしている自分」が、楽しんでいる私に否定的だったんですね。


(ずっとこんなことをしていていいのか?→趣味を楽しむよりも、やることがあるのでは…?)

▼▼

(だって、私には価値がないんだよ。こんなことしている余裕ないんじゃない?)


(こんな状況、私には似合わないから→私に日々を充実させる資格なんてない)

▼▼

(だって私なんか、大した存在じゃないんだから)


楽しんでいる場面でもうひとりの自分が顔を出したのは、自分への警告のためだろう。

「思い込みを大事にしたままの自分=歪んだ自己評価の自分」でいさせたくて。

私は価値がないと、大した存在ではないと思っている自分のままでいさせたくて。

Alexas_Fotos on Pixabay

もうひとりの私は、おそらく辛い場面やしんどい場面でも声をあげていたとは思う。

ただ、そんな場面は「思い込みを大事にしている自分の声」を受け入れやすい状況でもある。違和感として認識しにくかったのではないか。

楽しい場面だからこそ「思い込みを大事にしている自分」と「本来の自分」の温度差がわかりやすく、気が付きやすいのでしょう。


振り返ると、私自身の心の葛藤が多かったのも、こういった「自分VS自分」の対立からなんだろうなあ、と思う。

で、対立していた原因って、自己評価なんだよね。

歪んだ自己評価を大事にしている自分と、そうじゃない自分がいるから、違和感になる。

元々、私は自己評価が高かった。幼い頃の行動を思い出すとそう思える。のだが…。

いつの頃からか、母親が私の意思を無視したり、理不尽な怒りを繰り返す理由がわからず、自己評価を低く低くすることで、出来事をひっそりと納得するようになった。

…ここで終わればただの「思い込み」なのだが、現実がついてきてしまった。

私は価値がない、私は大した存在じゃないという思い込みを、現実が証明した。大して仲の良くない同級生になんとなく嫌われたり、入社してすぐリストラ対象になったりね。

社会に出れば色んな事情が絡むのは理解していても「思い込み」を「確信」にするには、当時の私にとって充分な出来事だった。

思い込みが現実となると、それは確かな感覚へと変化していく。

だって、実際そうだったから。そう思える出来事がいっぱいあったから。

こうやって、勘違いが確信になっていく─…


思い込みを大事にしている自分は、私には価値がなくて大した存在ではないと思い込んでいる。

でも、そうは思っていない自分もいる。

そこから、矛盾する自分たちの葛藤が始まる。押し合いが始まる。その押し合いの意味に気が付けず、私は放置してしまった。


「もうひとりの私」とまでいかなくても、矛盾する自分が存在するって珍しい話ではない。

幸せになりたい自分と、
私なんか幸せになれないと思っている自分。

成功したい自分と、
自分は成功できるような存在じゃないと思っている自分。

お金をたくさん稼ぎたい自分と、
自分レベルがたくさん稼げるはずないと思っている自分。

こんな感じ。よくあるよね。

確かに、今いる場所や自分の実力なんかを考えると、自然と後者の想いが浮かぶこともあります。前者でいる自分をイメージできないというか…。

望む自分や素の自分、本来の自分に対して、いろんな否定をする自分がいる。そのなかのひとつが「思い込みを大事にしている自分」なんだと思います。

本来の自分にそこまで否定的なのは、どうしてか。思い込みの自分をそんなに大事にするのは、どうしてか。

そのこだわりの始まりは、どこなのか──…。

ゆっくり考えてみると、今まで気付かなかった発見があるかもしれませんね。

おわりに

強いネガティブ感覚を持っている人、逆に強いポジティブ感覚を持っている人、いますよね。

実力あるのに本気で「私なんか…」ばかり口にする人、大変な問題があっても解決したら一瞬でケロッとしている人。つい、聞きたくなってしまいますね。

どうしてそんなに自分を卑下するの?

どうしてそんなに切り替えが早いの?

自分にとって、理解しがたい感覚ってある。どちらの感覚も、経験した人にしかわからない世界です。

その世界にいる理由って、何かあるもの。特に感情や感覚は“慣れ”からくる部分も大きい。

理由がわかれば、対策や解決策も考えられますよね。

違和感やモヤモヤなどの感情は、自分がどの世界にいるか…あるいはどの世界を望んでいるのかを気付かせてくれるきっかけにもなります。

気になっている感情があれば、ぜひ向き合ってみてください。きっと、これからの自分を支えてくれるヒントが隠れているはずですよ!

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