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人生が進まない時は、クセ毛を見つめてみる|自分専用の思い込みに気がつこう!

ココロの話
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人生を順調にさせられなくて、有益そうな情報を沢山詰め込んできました。だけど、その情報を使っても順調にならなかった。

そうしているうちに、心も身体も限界を迎えていたようで、自分を壊してしまいました。そこで初めて多くのことに気がつけた。…そこまでしないと、気がつけなかったんです。

『あ、人生に対する私の考え、そもそもおかしかったんだな』

『これってこうだと思ってたけど、実は全然違ったんだな』


じゃあ、私の考えの何がおかしかったのか。何が自分を壊していたのか。どう考えたら、人生をラクに過ごせたのか…?そんなことを発信しています。


今回は【“クセ毛”から学ぶ、人生に大切なこと】をお送りします。

Photo by lexie janney on Unsplash

クセ・うねり・毛量に悩む女性は、一度はさらさらストレートヘアに憧れるのではないだろうか。10代から20代頭の私も、その1人でした。

髪は太く、朝どれだけセットしてもスグにカーブとなる私の前髪。天気の悪い日なんか、湿気で更に悲惨。その大カーブ具合に、病院の受付女性からクスクス笑われたこともあります。二度と行かねえあの眼科。

なんてイライラしながら、シャンプーのCMの「ストレートヘア見せつけ演出」を睨む日々。心の底からああいう髪質が欲しかった。

特に学生時代は欲求のピークでした。当時は安室奈美恵ちゃんが大ブームで、彼女が一時期やっていた“シャギー(毛先をすくカット方法)”が羨ましくて仕方なかったんです。

周りの女子たちのさらさらストレートを見るたびに『同じ女なのに髪質はこうも違うもんなのか…』とモヤモヤした。

憧れは髪質を変える――なんて変化は当然起こらず、ストレートパーマをかけても大した効果はなく、とにかくアイロンとケープにばかり時間を割いた。縮毛矯正は高くて手が出なかった。

それでも、諦められなかった。ストレートが正義で、その正義に自分もなりたかった。手の届く範囲で執着し続けた。


そんなある日、妥協で通っていた美容室で。

注文は毎回『ストレートにしやすいor似合う髪型』だったが、ある時の担当美容師からこう言われた。

『いや~すごく良いクセ毛ですよ』
『このクセを活かしたほうが髪にも良いです』

え、すごく良いクセ毛ってなんだ?…どうやら強すぎず弱すぎずの丁度良いクセ毛、というニュアンスだったらしい。

まぁ、(無理矢理ストレートにするよりは)という、見えないひと言があったのかもしれない。でも、このなんてことない言葉で、私のストレート呪縛はアッサリ終わった。

なんでそんなに、ストレートヘアに拘り続けてたんだろう…?

***

すぐさまパーマを当てた。

まいど!

ストレート呪縛から解放されたその髪型は、周りから大好評でしたとさ。


結局、私はストレートヘアを強く意識し過ぎて「自分に似合う(=魅力的にしてくれる)髪型」という視点を持っていなかった。

ストレートヘアという自分の欲求を叶えるのも大切だが、一歩抜けて『自分が魅力的に見える髪型を探そう!』と視点を変えられていたら……。

ケープとアイロンが欠かせなかったあの頃の私は、もう少しラクに生きることが出来たかもしれない。

欲しいのか、必要なのか

hoto by Trevor Buntin on Unsplash

何が言いたいか。

自分が求めている「型」と自分に必要な「型」は、別々なこともあるのだ。

欲しいもの=必ず自分をサポートしてくれるもの、とは限らない――あなたが今「欲しくて仕方のないもの」は、欲しいだけなのか、それとも必要なのか。どちらだろう?


私がストレートヘアを欲しがったのは、“さらさら髪な自分”を経験してみたかったから。それと、クセ毛よりストレートヘアのほうが絶対に良い!という、どうでもいい思い込みがあった。

髪はストレートが優れている!と自分で優劣を決めていたのね。だから、ストレートにしたくて必死だったの。

そういえば、ストレートヘアを頑張っても「その髪似合ってるね♪」なんて言われたことはなかった。だけど、ストレートへの執着が終わった後にした髪型は、年頃になってから一番見た目を褒められた時期と言える…かもしれない。

つまり、私のストレート願望は、自分に必要な「型」というわけではなかったのです。

手に入れたらゴール?スタート?

欲しいものが何かによって変わってくるが、欲しいものを手に入れることが「スタート」になっていることも多い。

で、複雑なのが、自分ではそれを「ゴール」だと考えちゃっているんだよね。

例えば…

かなし美
かなし美

ハンサムな彼氏ができれば、私は幸せなのに…

かなし美さんは、ハンサムな彼氏が欲しいようです。でも、この言葉から推察すると、かなし美さんが欲しいものは「幸せ」じゃないかって感じません?

つまり彼女は【ハンサムな彼氏】をゴールだと考えている。だけど、彼女にとってのゴールは【幸せ】だとすると、ハンサムな彼氏はそのスタートに使える一要素でしかないんです。

彼氏か、幸せか――ゴールをどちらに設定しているかで、それに向かってのアクションは全く違ってきますよね。

彼氏がゴールなのであれば、まずハンサムを追いかける必要があります。ただ、幸せがゴールなのであれば、ハンサムを追いかける以外のアクションは無限に出てくるわけです。

手に入らないなら、立ち止まれ

Photo by Xavier Mouton Photographie on Unsplash

欲しいものが手に入らない時、ネガティブな想いを沢山感じる方も多いと思います。

例えば…
  • ○○を持てない私は、普通じゃないんだ
  • ○○ができない私は、ダメなんだ

手に入らない自分をおかしいと捉えたり、否定したり。

  • △△がない自分を責める
  • △△を得た他者への嫉妬

手に入らない自分を責めたり、手にした他者へ怒りを向けたり。

  • ××が持てないことへの疲労感
  • ××がない人生への閉塞感

手にした自分を求めるあまり、自分や人生に対して苦しみや限界を募らせたり……。

そんな時は、一度立ち止まってみることをオススメします。

――どうして自分は、これを手にしたいのだろう?


そこには、きっと「欲しいもの以外の言葉」が出てくるはず。

だって…
  • 周りから変に思われたくない…
  • 1人はイヤだから…
  • そっちのほうが楽しいじゃん!
  • 自由になれるから!

欲しいもの以外の言葉のなかに、人によっては「ゴール」が見えてきますね。

かな氏
かな氏

あ、私は○○が欲しかったのではなく、周りからの評価を恐れていたんだ…

かな氏
かな氏

○○以上に気にしていたのは、周りの目だったんだ


こんな感じで、“欲しいもののその先”がわかるだけでも、欲しいものへの執着が軽くなったり、別な視点でのアクションを考えるキッカケになります。

その先がわかれば、欲しいものより、元々自分にあるものに目を向けることも出来るかも、しれませんね。

“自分専用の思い込み”が自分を苦しめる


“自分的にイヤな自分”をいっぱい知っていると、知らず知らずのうちに自分に条件を作っていたりします。特に、人生のなかで辛い状況を何度も何度も経験した方はその傾向が強いと思います。

こんな自分ダメだ、なんとかしたい、あんな経験した自分は恥ずかしい、情けない…だから、○○が欲しいのに…。

でも、こう判断しているのは他でもない、自分です。

ダメ、なんとかすべき、恥ずかしい、情けない…全部自分がそう“見ている”だけ。これが、自分専用の思い込み。


欲しいものが手に入らない時、その状況や感覚に意識が向きがちですが、執着だとか意地だとか、自分の思い込みに気がつくチャンスでもあります。

クセ毛を「カッコ悪い!」と頑張ってストレートにするのも、「魅力になれば良い!」とクセを活かした髪型にするのも、「髪の毛で楽しんじゃお♪」とクセをもっと強めて、経験のない髪型にするのも、自分がクセ毛をどう思ってるか次第。

人生も、これと似ています。

ある程度生きていると、望んでいない結果ばかりの時期もあります。それだけじゃなく、予期せぬ出来事だって起こります。

悔しいです。辛いです。後悔します。自分を責めます。周りと比較します。こんなはずじゃなかった…って思います。

でも、こんな時期って、実は自分の感覚や想いを整える絶好の機会なんです。

例えば…
  • どうしてそんなに執着するの?
  • 欲しいものへのアクションを変えよう!
  • 自分の魅力の捉え方、間違ってる
  • 現状を活かそうよ!

人生が進まない時、人生は私たちに沢山のヒントを送ってくれています。私たちが生きやすくなるための。

これを無視して必死になるから、苦しいんです。

置かれた状況や自分の持っているものをプラスに扱おう!と決めると、心も思い込みも、グッと軽くなると思いますよ*゜

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