【重要】現在サーバー障害発生中のため、表示が不安定です

クセ毛と人生の共通点、という話

ココロの話
この記事は約3分で読めます。
スポンサーリンク

髪と人生って似てるな!という話を書きます。

クセやうねり、毛量を抱える女が憧れる「さらさらストレートヘア」。私もその1人で、それとは対極にあるゴワゴワうねりヘアの持ち主です。

なので、とにかくストレートヘアへの執着がすごかった。

特に学生時代は、当時人気だった安室ちゃんが一時期やっていた「シャギー(毛先をすくカット方法)」もあり、ストレートヘアへの憧れが色あせなかった。

でも、憧れても太髪は細くならず、ストレートパーマをかけても大したストレートは得られずだった。縮毛矯正は高くて手が出せなかったから、毎朝、アイロンとケープばっかりしていた。

それでも、髪質が違うのだから諦めよう。とはならなかった。ストレートが正義で、その正義が自分にも欲しくて、だから執着した。

周りの女子たちの髪がさらさらであればあるほど、同じ女なのにこうも生える質が違うのか、とモヤモヤした。

そんなある日、妥協で通っていた美容室で視点が揺れた。

それまでは「ストレートにしやすいカットで!」と毎回注文していたが、ある日担当した美容師から

『いや~すごくいいクセ毛ですよ』
『このクセを活かした方が髪にもいいですし』

と言われた。

まぁ、(無理矢理ストレートにするよりは)という、見えないひと言があったのかもしれない。それでも、選択肢を増やすきっかけには充分だった。

すぐさまパーマを当てた。チョロいな。

ストレートヘア実現を諦めたその髪型は、周りから大好評でしたとさ。


何が言いたいか。

自分が欲しがっている「型」と、自分に必要な「型」はイコールではなかったりする。

欲しくて仕方のないものでも、それは確実に自分の魅力や能力をサポートしたり、人生のプラスになるとは、限らないのだ。

ストレートに憧れるクセ毛女子なら、時間や手間やお金を使ってストレートヘアを作ってもいいし、一歩引いて、クセを活かす髪型の追求に切り換えてもいい。

欲しいという気持ちが先行すると、つい「どうして欲しいのか?」を考えなかったりするけど、本当は、与えられている素材を無視するか活かすかは、自分で選択できるのだ。


今回は「髪」で例えたが、これは人生全般に言える。

もちろん欲しけりゃ手に入るまで頑張る、という選択肢もあるけど、モノによってはすんなり手に入るワケでもないよね。

そんなときどうするか。

選択肢はふたつ。手に入れるまで頑張るか、手にあるモノで頑張るか。

気をつけたいのが、前者「手に入れるまで頑張る」のケース。

一向に手に入らない場合、もがくうちに【自分は手に入れられない】などといった諦めや無力感が、住み着いてしまう。

すると、結果に納得できず、余計に求め、欲しがり、羨望し、焦り、落胆する。

でも、手に入らない。

繰り返すうちに、この感情が怒りや嫉妬に繋がっていく。

そうやって追い続けた結果・・・

・時間や労力を消耗しただけ
・ストレスだらけ
・手にしていない自分を責める
・手にしている人への嫉妬

こんな精神的負担ばかりが増えてしまい、いいことがひとつもない状況に陥る。

そうじゃなくて、手に入らないのなら、元々あるモノに目を向けて良いんだ、ってことですね。

そして、実はそのほうが、思った以上に自分をサポートしてくれたり、過ごしやすかったりするから。


自分が見た自分と、他人が見た自分は、自分が思っているより違うんだ。

だったら、自分フィルターの自分(=自分が良いと思う自分)を信じるのを、やめたっていい。

色んな自分を見つけていこう。

フィルターが外れたぶんだけ、世界は広がっていく。

タイトルとURLをコピーしました