Last updated 19.09.16(行動できないと悩む人へ)

自己評価がぐちゃぐちゃな理由は、出来事と自分の価値を同一視しているから

この記事は約6分で読めます。

元々は奔放で思うまま行動していた女子が、いじめや親との衝突をきっかけに控え目で消極的な性格になっていった。それだけじゃなく、自分を恥じ、憎み、そして責めるようにもなった。

気が付くと人間関係も仕事も金銭面もうまくいかないことが増え、最終的には健康も害した。重い病気を経験した。年齢を重ねれば重ねる程、失敗や挫折はキツイものだ。

ちょっと極端な例かもしれませんが、これは私の事実です。

一体どうしてこうなったんでしょうね。

もちろん環境などの外的理由も関係しますが、ツラい状況に身を置いた人全員が歪んだ自己評価を持つわけではありません。

では、自己評価が歪む決定打はどこにあるのだろうか。それは、他でもない「自分の思い込み」だ。

自己評価が低くなる考え方とは?歪んだ自己評価をやめる対策とは?解説していきます。

・自己評価が低いのが悩み
・自分が思う自分の価値を高めたい

こんな方々の参考になればと思います。

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出来事=自分の価値?

自己評価が歪む考え方とは、ズバリ

起きた出来事と自分の価値を同一視する

こと。あ、同一視という言葉の意味を見てみましょう。

① 同じ物とみなすこと。差のないものとみなすこと。
 「連中と-して欲しくない」
② 〘心〙 精神分析で、対象と自分を無意識のうちに混同し、対象が考え、感じ、行為しているように自分が考え、感じ、行為することによって、満足や安定を得ようとする防衛機制の一。

出典:コトバンク


…つまり、出来事と自分の価値を一緒にしているんですね。

例えば、あなたは会社のプロジェクト会議で新提案をします。で、却下されたとします。

この結果について、どう感じますか。

反応イマイチか~と感じるか。
私の意見はダメなんだ…と感じるか。



実はここが、自己評価が歪むかどうかの分かれ目です。

前者は、自分の提案が却下されたと捉えています。

後者は自分の提案が却下されたと捉えています。

何が違うか?

後者は「提案」に「自分」がくっついてます。

でも、会社側からみた「提案」に「あなたの」はくっついているだろうか?答えはNOでしょう。会社はひとつの提案を却下しただけです。

このように「提案却下」という出来事ひとつとっても、捉え方のズレが生じています。

「提案」を却下したと見るか?「私の提案」を却下したと見るか?

このズレが、歪みのはじまりである―心当たり、あるでしょうか?

出来事=本当の自分の価値か

歪みのはじまりを、もうひとつ。

スピリチュアル界隈で有名な言葉のひとつに『現実は思考の反映である』というものがあります。意味は言葉通りです。検索すると沢山引っ掛かるので気になる方は調べてみてくださいね。


これを否定する気はなく、私も一時期信じていたし、すごく自然な法則だと思います。が、自分の考えや経験が繋がった今、半分正解…と捉えています。

では、正解の表現とは?



現実は今の自分の思考が反映している

反映はしているけど、本当の自分というよりは、今の自分である。

本当≠今。

現実=本当の自分とすると、この自分が精一杯なんだと思っちゃいますけど、今の自分だと考えるといくらでも現実は変えられるかも…と思えませんか?

この違いは大きいと思います。

本当の自分と今の自分が区別できていれば、

ひよこ(放心)
ひよさん

現実は自分の思考…なら自分ってこんなもんなのか‥

と悲観したり、自分で自分の評価を落とすことはなくなります。

ひよこ(ハート)
ひよさん

現実は今の自分を表現してくれているんだ

といった「お知らせ」に変わります。

お知らせなら、良きことであれば当選連絡ですし、そうでなければ落選。それだけです。

「私の◯◯」とわざわざ保存する

なんで自己評価が歪んでいくのかなーと振り返ると、出来事やその結果に「私の」って名前をつけすぎてるんだよ。

パソコンに保存しているファイルで例えると、色んなファイルに自分の名前を入力しているのです。

○○の学生時代.xlsx
ぼくのミス.xlsx
私の片想い.txt
私のフォロワー.txt

出来事に自分の名前つけて保存するのをやめましょうよって話。

先の提案却下の例えも「提案却下」と保存すりゃいい話が、「私の提案却下」と名前を書き換えている。

却下案は後々参考にはなりますが、誰が提案したかの情報はほぼ無意味と言えます。自分の名前をつけるメリットはありません。採用案は成果になるから、名前をつけて保存もいいでしょう。

(漫画だと『この提案は誰のだ!!』的展開もありますが…w大体は没のままですよね)

ただ「私の」で保存するのが楽しいなら、つけたままでもいいのです。楽しくて自己評価が歪むことはなかなかありませんよね。

どこまでも続く同一視

自分の名前をつけて保存する癖…同一視をやめずにいると、どうなるのだろう。

日常であれば影響は少ないと思うんです。問題は予期せぬ出来事なんです。

上司や仕事などの社会的な衝突、知人友人恋人との摩擦、家族間トラブル、金銭問題、病気、事故・・・

想像していないような出来事、どんだけ望んでなくても起きる出来事はあります。

そういった時に同一視がオンだと危険です。不幸と言われる出来事は、不幸視点で消化していくからです。

私の◯◯は失敗なんだ、なら、私って失敗作なんだ…

自分の××を否定された、自分って価値がないんだ…

自分はこんな不幸な病気なんだ、こんな病気をやる私は死んだ方がいい…



どんな性格や価値観を持っていたって、このような思い込みを抱えるのはキツイに決まってます。

出来事と自分は切り離せ

では、自分の名前をつけて保存・同一視から離れるにはどうしたらいいのだろう?

同一視していた自分に気づいたのであれば、あとはシンプル。

切り離して考えて、それを習慣になるまで意識するだけ。
そして、過去の出来事も切り離していくこと。

今の自分の考えは過去の出来事から得たものが集まっているんだから、新しい考え方で消化したほうがいいんですよ。

全部はやる気がなくなるので、自己評価に影響していそうな出来事だけでオッケー。

出来事と自己評価を同一視してしまうきっかけは、これまでの人生のどこかに必ず存在しています。

それを探していくのです。

子供の頃のアレかな?中二病の黒歴史かな?20歳の時の…かな?

正解じゃなくていい。振り返るのが大事。見ないようにしている過去も消化をオススメします。人生に黒歴史はなく、全部自分が起こしていたこと。

ただ探すだけだとピンとこないので、書き出すのが効果的です。

自己評価に影響したであろう出来事・そこで起きた感情や思い込み―ふたつの連携を解除していく。

親にすぐ怒られてたけど、私の「行動」に怒ってただけだよな…

あの子にやたらいじめられたけど、私が「気に入らなかった」だけで「存在を否定」していたわけじゃないよね…



ひとりで振り返るのはしんどいかもしれません。長年の癖から自然と元に戻ってしまうこともあるでしょう。でも、一気に解除しようとせず繰り返し連携を解除していけば、そのうち急に受け止められる時期がきます。

『あ、私は出来事と自分の価値を一緒にしていたんだ』

アレは○○がダメだっただけで、自己評価とは関係なかったのだ

この一文が腑に落ちれば、もう大丈夫だと思いますよ!

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