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自分を責める原因は「決めつけ」にあり―過去を振り返って見つけよう!

自分を責めるの、やめよう画像
ココロの話
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どうして、自分を責めてしまうのだろう?どうして、自分を認められないのだろう?

本記事はそんな、自分で自分を苦しめてしまう人へのチェックポイントを集めてみました。

はじめに

「自分を責めるのやめよう」なんて、魂のメッセージ的な内容を見かけたりします。そもそも、自分を責める気持ちって、どこからくるのだろうか。

私の結論は、これ。

原因は「自分のなかの決めつけ」。そして、決めつけが多ければ多いほど、自分を責める気持ちは大きく強くなる。

自分が良いと思っている型に、自分をはめる行為、とも言えるでしょう。

「モテ」の条件を決めつけちゃったり、しますよね!

つまり、あなたがこれまで使ってきた「決めつけ」の中に、本当は望んでいないものがある。ということ。

例えば、常に痩せたいと思ったり、太っている自分に罪悪感を持ってしまうのは「人は痩せていたほうがいいものだ」という決めつけ(型)があるから。

でもそれと、本当に痩せた体型が似合うかは、また別の話。

だから、なんで「痩せていたほうがいい」という決めつけを使うのかを探すと、それを作って使った背景が見つかる。

では、自分が望んでいない決めつけは、どうやって判断するのか。

それは、自分の過去を振り返ることで見えてきます。

私たちの頭の中にある記憶は、自分はどういう出来事を経験して、そこでこういう思いや価値観を作ったかを残してくれている。

そして、自分を苦しめてしまう決めつけは、これまでの「苦しんだ出来事」の中から生まれている可能性が高いのです。

私は今まで『自分の人生は、イヤなことばっかりだった』と強く感じていました。

それが、過去を振り返るうちにイヤだと思っていた出来事こそ、自分を変えるカギなんだ。と思えるようになりました。

そして、過去はずっと、私にヒントを出してくれていたと気がついた。だから『イヤだったなぁ』なんて、当時の記憶が印象に残ったままだった・・・と。

あなたの過去にもきっと、自分を変えるカギがあるはずですよ。


本記事では【過去を振り返って、自分を苦しめる決めつけを探す】説明の一環として「筆者の過去」を使っています。

お?自分語りか?と見せかけて、自分を責めやすく、認めにくくなるチェックポイントを設けました。

過去を振り返るときの参考になれば幸い。

チェックポイント

印象的な過去に対して、どんな思いや感覚を持ったか探しにいこう!

どうしようもない部分で傷ついていないか

小学生の私は、教室で座っているだけで、わざわざ名指しで『ブスw!』と呼ばれがちなポジションにいた。

もう、すぐいじられるもんだから、毎日のように泣いた。だから私が泣くのが面白かったのかもしれない。

自分は何もしていないのに他者から何かされるのって、とっても混乱します。

そんな「いじり」がイヤになり、学校を休みたくなる日もあった。母に伝えた。だめだった。『いいから行きなさい!』の一点張り。

これは中学生以降も続くやり取りなのだが、母が許さなかった理由は、今日現在までわかっていない。

ただ、この頃は「自分は何もしていない」感覚が大きかったからか、自分を責めることは少なかった。

その感覚が変わってきたのは、高学年~中学生頃だろうか。人を不快にさせる服装ではなかったはずだが、女にしては背が高かったのもあり、よく知らない子からも絡まれがちだった。まず立ってるだけで目立つんだよね・・・。

でもそれって、どうしようもないでしょ?身長は、私が望んで伸ばしたものではない。見た目や骨格をどうのこうの言われたって困る。当たり前のこと。

ただ、その時の私はそんな風に思えず、いじられる自分に何かあるんだ。という気持ちが芽生えた。

チェックポイント

自分じゃどうにもできない部分をいじられて、心が揺れていない?

そんな「どうしようもない」理由でのからかいが続くと、こんな感覚に変化した。

私は(仲良くもない)人から、からかわれるような存在なんだ。ただいるだけなのに。恥ずかしい。

同じ状況でも『アイツから言われても、別に』と思える子だっているなかで、そんな選択肢は持てなかった私のこの感覚は、後々の感情にも影響してくるのだ。

チェックポイント

他人の言動を「まるごと」受け取っていませんか?

起きた出来事をどう捉えたか

こうした外部からの刺激により、自分の存在を恥じる感覚が育った。

ちょうどこの頃、身の回りで色々起こったのもあり『私は普通じゃないのか?』と感じることも増えていた。

今思えば、この感覚は大きなカギのひとつだった。

自分の経験や感覚に対して「これって普通じゃない・・・?」「おかしい」など、総じて【よくない(悪い)】という解釈があった。

私を苦しめてしまう決めつけは、このとき既にあったのだ。

チェックポイント

自分の持つ感覚に対して、マイナス評価ばかりしている

仮にここで、こんな捉え方ができる子だったら、今の私は確実にいないだろう。

管理人
管理人

私は普通ではない・・・?なら、天才になれるじゃん!!

良いのか悪いのかわからないが。

「◯◯がない」という感覚は、存在価値まで奪われる

中学で集団生活への諦めを持った私は、進路選択の際『どこでもいい』と言った(覚えていないけど)。確かに、高校でやりたいことなんてなかった。

案の定、選択は失敗。そのうちサボり始めた。で、ちょっと痛い目にあって、サボりにくくなった。家庭環境も悪くなっていたため、母には胸の内を話せなかった。

家には居られない、サボれない、学校もつまらない、退学してもその先は考えていない。

あ、私、居場所がない。

当時の私は、安心して存在できる場所がないと感じていた。これまでの学校生活の記憶も積み重なっていたからか、居場所がない私=存在価値もないじゃん、と解釈した。

チェックポイント

「○○がない」と思ってるうちに、存在価値までなくしてない?

現実を耐えるため、そう思い込んでいる

「居場所もない」という感覚や現実は、人に強い苦痛を与える。存在価値を否定される感覚とほぼ同一だと言っていいと思う。

今なら『学校・家以外の居場所を見つけろ!』というツッコミができる。もしあの時の自分に何か言えるのなら、一万回だって言うさ。

でも、居場所を見つける気力はなかった。普通に死にたいから、見つけようとしないんだな。

なんで私は、みんなのように学校で楽しく過ごせないんだろう。

そうか、私がおかしいからだ。

おかしいから学校を楽しめないし、おかしいから友達も離れていく。おかしいから親も怒る。おかしいから居場所がない。

あれ、生きてても意味ないじゃん。


こうなると人間、思考が止まります。マジで。これは自信あるよ。

実際に思考が停止モードになったからか、高校時代はほぼ思い出せない。担任に『よくわからない子』と言われたのが数少ない記憶。

私も私がよくわからなかったから、とても妥当な感想だと思いました。

チェックポイント

望まない現実を納得するために「わざと」思い込みを作ってない?

自分じゃ無理だから、代わりに認めて!

自分で自分を認めることを放棄した人間は、外部に救いを求めがち。自分で自分を良しとできないから、外部でヨシ!とされたいのさ。誰かに。何かに。

これは、恋愛や異性などの「対人」に求めるケースが多いと推察します。求めると結果が出やすい分野ですからね。お金という手段や、勉強・趣味など自分の得意分野を極めるケースもあるでしょう。

私が選んだのは、仕事でした。大学進学は頭になかった私にとって一番近い分野は「働く」だったから。

頑張って出世して、お金と心に余裕ができたら、自分の人生も順調になるはず・・・と想像しては、いたんです。死にかけの意識で。

とんでもねえ選択ミスだったんだけども。

おそらくはこんな前提があって、仕事に救いを求めていたんだと思う。

学校生活が向いていない・・・

=なら、仕事人は向いているかも?
=仕事で評価されれば自分も上手くいく??

まぁ、例によって想像通りにはいかないけど。

なんとか就職できた会社でリストラ宣告。その後別の職種に就いては辞め・・・を繰り返すうちに、出世なんて夢の話になっていく。

当時は無意識だったけど、ずーっと『この仕事なら(私にも)できそう』という前提で、職を探していた。

もう『自分はダメだから、この仕事は向いてない』なんて決めつけがバリバリあった。さらには『この職場辞めたら詰む』と、自分で自分を縛っていた。

決めつけが何重にもなっていた。

そんなんだから、勤務態度にもやる気のなさ・だらしなさが出ていましたね。もっと早く辞めることができたはずなんだけど、その判断すらも麻痺していたというか。

チェックポイント

自分の決めつけを前提に判断・行動していることに気づく!

ですが、ちょっとした転機が起きます。向いている職種と出会って、約8年同じ会社で働きました。

ただ、同年代の従業員が多く、同期がステップアップする現実を見るたび怒りや嫉妬心、劣等感が刺激されたのです。

「会社や上司から評価される=価値がある人物」という意識が強かったから。

現実を変化させようと、スピリチュアルや自己啓発に熱心になったのもこの頃。頻繁に本屋に寄ってたし、たまにセミナーも行った。まぁ結局、熱心になればなる程、苦しくなっていったけどね。

今ならわかりますよ、会社の評価なんて、人の存在価値とは無関係って。

でも当時は、会社に「自分の存在価値」まで求めてしまっていた。

あれ?こう書くと、かなりメンタルやばい人っぽいな??間違ってないからいいけど。

それもこれも、自分で自分を認められないから。だよね。

ただただ、評価されたら自分は価値があると思える・・・なんて決めつけのなかで、必死だっただけ。

  • 前提①
    認められたい!仕事を頑張ろう!

    そして体調を崩す。
    =会社も休む。評価に悪影響。
    =意味なし。

  • 前提②
    評価されない!じゃあ精神面を高めよう!そしたら流れも変わるはず!

    スピリチュアルを実践しても、ラクにならない!むしろ「頑張ってるのに変わらない」感覚が爆誕。
    =おかしい!そして苦しい!

こんなことをしているうちに、何が起こったか。

身体が悲鳴を上げていたようで、大きな病気が私の前に現れました。

そんで色々限界になって、色々おわりです。

チェックポイント

「認められたい」に自分の存在価値まで含めていない?

両親との関係が盲点になりやすい?!

・・・こんな感じで「過去を振り返る」とき、私は、学生時代から社会人の節目までを意識して思い出すことが多かったです。

自分が生きづらいのは、その期間に受けた精神的ストレスが大きいからだろう、と考えていたので。

でも、繰り返し振り返っても、自分の思考とか決めつけはわかってきたけど、な~んかスッキリしなかった。

ある時気が付いた。一番大事な関係をおろそかにしていたことを。

両親。

チェックポイント

親との過去、消化しきれている?


両親との記憶を振り返りそびれるのは、関係が変わりやすいからと、私は考えています。

学生~仕事上での人間関係って、よっぽど公私ともに近い関係でない限り、タイミング次第で整理できる。

しかし、両親は別です。小さい頃は特に、どんなに怖くても傷ついても、結局は親を頼る。他の人間関係と違い、好きと嫌いが混ざった状態が長引きやすい。

好き!でも嫌い!コワイ!憎い!ツラい!でもいないと無理!アーーーーー・・・・

ジェットコースターにずっと乗ってる感じ。心はジェットコースター。

そうやって感情の葛藤を繰り返しているうちに大人になり、出来事への解釈が変わったり、気持ちが理解できたり、相手が亡くなることでネガティブな感情が薄れていく。

『色々あったけど、今は仲良いから大丈夫だよ』

親との仲を聞かれて、こんな反応しますよね。でも、仲良くても忘れてないこともある。

今は理解できてたとしても、「あの頃」は理解できなかったから、苦しかったワケですよね。

両親との関係って、「今」と「あの頃」の温度差が出やすい関係なんです。

チェックポイント

「今」は大丈夫!じゃあ「あの頃」はどうだった?

私の場合も、特に30歳超えてからかな、母との関係は良くなりました。お互いが解釈に変化があった・・・というか。

でも、昔の母を思い出すと虚しくなったり、怖いと感じた気持ちは残っている。ずっと母の顔色と表情を常に気にしていたと気づくのに、とても時間がかかった。笑い話にはまだ、できない。

私は中学生のときに、イラストを描いていて。で、多感な時期じゃないですか。エロ&グロチックなものも描いてたんですよ。んで、机の下に隠していたイラストを、母が見たんですね。

これ自体はよくある話なんだけど、少し先があって。

なぜか家庭訪問時に担任に公開し出したんですね。グロのほうを。イヤだと言っているのに。

ハイここ。私はイヤだと言っているのに、聞いてくれない。

あれ?私無視?って、なりますよね。

今思うと、当時の私はエロ&グロチックなイラスト=恥ずかしいと感じて隠していた。でも母は、そうじゃなかったのかもしれない。

そんな解釈もできるけど、無理矢理第三者に公開されw、傷ついた私というのも、確かに存在している。


改めて振り返ると、親とのツラい記憶ってあっさり出てくる。それだけ「対両親の記憶」って強烈なんだね。

ツラくなるってことは、当時のトゲがまだ抜けてない。何か刺さったまま。

そのトゲって、なんだろうか。

トゲが何かわかると、自分が採用した決めつけも、出てくるんですね。

おわりに

人にはそれぞれ人間関係、生活環境、出来事、経験があり、そこで生まれた感覚が、その後の価値観を作っています。

ということは、人間関係、生活環境、出来事、経験は変えられなくても、そこで生まれた感覚を変えていけば、価値観も変えられるのではないか。

そんな考えから、本記事を書きました。

カナダの精神科医、エリック・バーンの言葉に【過去と他人は変えられない】という内容がありますが、そういう意味では、過去は変えられなくもないのです。

そう「思ってしまった過去」があって、それを使い続けてしまう。決めつけ(型)ですね。

努力や頑張りから、苦痛や困難まで。これまで、人生で出会う壁とたくさん戦ってきた人ほど、過去を振り返るのは疲れます。

でも、その疲れが、これからのあなたを変えるきっかけにもなります。

私事で恐縮ですが、先日、高熱で2日寝込みました。寝付けないので、これまであまり振り返らなかった、とあるお店での記憶を確認していました。10年以上前の話なのに、未だに孤独感に襲われる記憶です。

その後、ふと、あの店はどうなっているのか検索してみました。

閉店してました。
(正確には移転だけど、勤めた店そのものはなくなっていた)

その場所には意図的に近寄らないので、検索しなければ、まだ閉店情報を知らなかったかもしれません。

「いい加減、あの時の記憶は消化しろ」と、私の中の私が教えてくれたのかな。と、大声で泣いてしまいました。

・・・こんな感じで、フタをしたい記憶でも、あえて思い出すことで副産物が見つかるケースもある。

それがただの偶然だろうが、あなたがラクになれるのなら、何でもいいのです。


自分の過去と自由に向き合えるのは、自分だけです。ぜひ【過去を振り返る】に挑戦してみてくださいね。

この記事を書いた人
ちゅる

北海道の30代女性。

周りの評価欲しさに仕事を頑張ったら、心身が壊れて20代が強制終了。

強制終了の原因は自分だと気づいたので、思考や心の話から趣味に関する情報まで発信中。

Twitterでは「今日の気付き」的な言葉を毎日つぶやいてます。

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とにかき。―とにかく何かに書きたいのです。

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