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「昼カラ」クラスターから読む、人間の根本的な欲求について

生活
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「昼カラ」―コロナ禍で最も知名度が上がったお店のジャンル、と言ってもいいだろう。

・・・って、別にニュースサイトのような文章を書きたいわけではない。感染拡大の原因を追及したいわけでもない。

ただコロナ禍で見えたひとつの結論を、まとめたいだけ。

先日、北海道で発生した所謂「昼カラ=日中にカラオケができる店」の集団感染について、収束宣言が出された。札幌では計3店・延べ44人が感染したそう。

道内新たに4人感染 札幌の昼カラクラスター3店は終息:北海道新聞 どうしん電子版
 道と札幌市は8日、新型コロナウイルス感染者を新たに4人確認したと発表した。道内の感染者は実人数で計1265人となった。また札幌市は、日中のカラオケ「昼カラ」ができる3店で起きたクラスター(感染者集団...

今回の報道で『昼カラさせる店ってこんなに沢山あるんだ』と驚いた方も多いと思う。

ここで言うカラオケとはチェーン展開しているカラオケボックスではなく、小規模な店に複数人が集まり楽しむパターン。休業協力金を支給するレベルにまで感染拡大が起きた小樽市は、対象店舗が約30あるという。

この件は全国的にも大きな話題となり、SNSでは利用者への批判の声が目立った。融通が利かない、高齢者ばかり・・・私も話題になった当初はそう思っていた。

しかし、あるローカル局の情報番組でインタビューされていた男性の声を聞くと、自分の中の批判はグッと少なくなった。

うろ覚えだけど、こんな回答だった。

『この店はひとりで訪れても、快く受け入れてくれる』


完全な憶測だが、その男性は歌うことだけではなく、人や社会との繋がりも一緒に求めているのではないだろうか。カラオケ「喫茶」店に来るのは、その証拠のひとつだと。

昼カラは、歌う環境の提供だけでなく、地域の住民や仲間とも繋がりを持たせてくれる存在でもあるのだ。

誰だって人と関わらない生活は寂しいし、家以外に自分の居場所は欲しい。ところが新型コロナウイルスの感染拡大によって、私たちは急に「関わらない暮らし」「控える暮らし」を強いられることになった。

何かをしたい、でも、やりにくい。この矛盾をどう解消するか。

その答えのひとつが、限られた顔ぶれで楽しむお店に通うことなのではないか。今回の昼カラは、それで象徴している気がしてならないのだ。

もちろん、昼カラの経営者と利用者を肯定するつもりは全くないが。


現代はスマートフォンの普及で、人と繋がりを持つハードルが大きく下がっている。ツールを使えば知らない誰かと関わることが容易な世の中になった。

でもそれは、人と繋がるという選択肢に「インターネット」がある場合の話。そうじゃない人にとって、直接足を運び人と会うことに勝る方法って、あるだろうか。

スマホで繋がるのが当たり前な世代がいるように、直接顔をあわせるのが当たり前な世代もいるのだ。

周りを見渡すと、批判してしまう側の私たちだって、コミュニケーションの手段に埋もれまくっている。それが「お店」じゃないから気付きにくいだけで。

ブログも、LINEも、Twitterも、Instagramも、Youtubeも、TikTokも、Zoomも、マッチングアプリも(本当の目的は別にあるとしても)コミュニケーションのために使われる。だから評価ボタンや拡散ボタンだって実装される。

リアルだってネットだって、人とコミュニケーションは切り離しようがない関係なのだ。しかし、それが新型コロナによって、大きく形を変えなきゃいけない状況まできている。

当然、感染は避けたい。その一方で、人や社会との繋がりを断つのも避けたい。

生活は変えず感染を避けられるのが一番だが、ワクチンもない現状では、どちらかを優先しなくてはならない。

身の安全か、心の安心か。
どちらかを優先するなら、
あなたはどっちを選ぶだろう。

自分がやりたいことよりも、感染するかわからないウイルスへの警戒を選びます!と宣言する人は、どれだけいるだろうか。

この記事を書いた人
ちゅる

食べること・文章を書くことが好き。30代女性。北海道。

周りの評価欲しさに仕事を頑張ったら、心身が壊れて20代が強制終了。

その経験から、頑張っても報われなかったのは「自分の思考」だと気づいた。

現在そんな「失って得た学び」や趣味に関する情報を発信中。

>>詳しくはコチラ

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とにかき。―とにかく何かに書きたいのです。

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