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母に振り回されていると気付けた日

ココロの話
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はじめに

これは母への想いや、それによる頭と心の叫びを記録した記事です。被害者意識満載に思うかもしれませんが、そうです。体内に長年留まる記憶及び感情を放出するため、私の言い分がおかしい可能性もあります。ご了承ください。

また、記事の情報量がモリモリです。目次から気になる項目にジャンプすることをオススメします。


両親への想いを整理するのって大変ですよね。色んな想いが重なっているから。ってことで、親に対して消化できないモヤモヤを抱える方のヒントになれたらと思います。

ご自身の気持ちを整理する際に参考にできる部分があれば、幸いに存じます。

\ こんな方におすすめ /
  • 母のことは好きだが、時々違和感がある
  • 母にされたことが中々許せない
  • 母への複雑な気持ちをなんとかしたい!

父親編は、別記事にまとめてあります。興味のある方は以下をどうぞ。

母へのモヤモヤを抑えていた理由

Photo by DESIGNECOLOGIST on Unsplash
Photo by DESIGNECOLOGIST on Unsplash

母との古い記憶は、小学生の頃から始まっているこれらの感覚(ある程度癒えているものも含む)。

  • 怖い
  • 母は怒りで抑えつけようとする
  • 母は私の訴えを無視する
  • 私は母に勝てない
  • 母の中のラインを超えると怒られる、泣かされる

母との関係での疲れはずっとあった。でも、どうしてか考えるのは後回しにしていた。

理由はとても単純で、お世話になりまくっているから。特に近年は私が家の中で倒れたりと、何度か命を救われたと言って良いレベル。感謝の気持ちは強く、こういった想いがある。

この人が居たから家族をやれた

我が家の場合は、あの母だから家族崩壊までは至らずにやってこれたのだと思う。私があの母をやれるか?と考えると無理。

母は、父でもあった。父は口すら出さないから、収入面以外は母が家庭を作っていた。多いかもしれませんね、そういう家庭。

そのため(母マジ感謝)(母ってすごい)みたいな抽象的ポジティブに意識が向き、心のモヤモヤを流していた。

ところが今更、溜めていたモヤモヤが沸騰してしまうキッカケがあった。

ひと言でモヤモヤの箱が爆発した

私は20歳前後の数年間、メンタルクリニックのお世話になった。当時の診断は「軽うつ」「対人恐怖(不安)※」。診療所によって診断が違ったため、本当は何だったのかはわからない。

※現在は「社交不安障害(SAD)」と呼ばれているそうです。

社会人になり環境が変わっても人生が順調にならず、そんな自分がイヤで自傷行為もやっていた時期なのね。

ある日、当時について母にこう言われた。

クリニックでなんて言われたんだっけ?大した診断名じゃなかったよね?

身体がビクッとなった。あ~~~…母は当時、私をそう見ていたんだなと。そして今でもそう思ってんだなと。

体調がデロデロに悪くて、クリニックに付き添ってもらった時もあったんだけどな~…母には伝わってなかったのか。

なんかそれが、ストレートに刺さった。

え?あの時、荒れている娘を見てどう思ってたんだろう?大した疾患じゃないのに何してんだか、的な?

重大な疾患ではないという意味で使ったと補足されたが、だからって「大した」って言葉使うか?出てくるってことは…。


消化してきたつもりの出来事が、ぶわっと溢れ出した。母へのモヤモヤが一気に沸騰した。これが結果的に「モヤモヤの正体と原因」をつきとめる、大きなキッカケになった。今となっては聞けて良かった言葉ではある。

うん、そういえば母って昔からこうだよな。私が苦しんでたりいっぱいいっぱいな様子を、変な表情をしながらうっすら下に見てる。なんだこいつ、みたいな。本人は強く否定するけれども。

モヤモヤが無視できなくなったので、具体的に母のどんな言動でモヤモヤしていたのか、書き出した。するとまぁ出てくる出てくる。自分でも引く位、エピソードリストの完成だ。

エピソードリストを作ったのは、記憶を並べて「その先」に進むため。

記憶を繋げると共通点がある

Photo by Robert Katzki on Unsplash

私自身の経験から、このような感覚を持っています。

辛い・苦しい記憶を並べていくと、共通点が見えてくる

こんなことが辛かった、あの問題は苦しかった…そんな出来事を書き出すと、共通点が見えてくる。

こんな場面でショックを受ける、こう言われると泣きたくなる…など、辛い記憶に共通する感覚を探す。

かなし美
かなし美

例)私は「強気な人」のまえでは、言葉を口にできないから苦しむんだな…

勿論、共通点がわからない場合もあります。その場合でも、各記憶から感じる文章・単語をメモしておくと、今後の分析に繋がると思います。

人によっては「そういや、こんな出来事もあった!」と、芋づる式に記憶が再生されることもあると思います。この流れに入ると少々頭や心が辛くなるかもしれませんが、いい機会なのでまとめて書き出しをオススメします。


以下、例としてふたつ記録。私の場合、母との印象的な記憶は大抵、訴えが無視されている場面です。

学校行きたくない!

小学生の頃、同級生の男子A・Bから“いじり”を受けていた。言葉より先に涙が出る性格の私は、強く抵抗できずに毎日泣いた。泣くために学校に行っていたとも言える。

でもしんどくって、ある日『学校行くとからかわれて泣かされる、今日は休みたい』的な訴えをした。

母の反応は、こうだった。

いいから行きなさい!!

結局、その日学校は休めなかった。


母に『どうしてあの時反対したのか?』と聞くと、最初はこう言われた。

○○(私)は全然自分のことを話さなかった。だから学校での様子を知るためにあのサークルに入ったんだよ~

え?いや、は?

自分のことを話さない娘が「学校行くと泣かされる行きたくない」と訴えているのに、登校強制するの?いやそもそも答えになってなくない????

これこれ。昔からなんだけど、母の過去の言動について聞くと必ず「そんなこと思ってない」と否定するか「あんたが◯◯だったから」と私の存在を原因にする。そこから話が進まない。

そのくせ「言いたいことがあるなら口で言って!」…自分の反応に気付いていないのだろうか。

(後日改めて聞くと、違う反応がありました。詳細は別項で)

机の下のイラストが母の手元に

中学の家庭訪問。母、私、女性担任の3人でテーブルを囲んだ。いつの間にか、私が自室の机の下に隠している“やや不健全なイラスト”を母が持っており、担任に見せた。

隠していたイラストを見られていた&母の手元にあることにWでビックリした私は『それ見せなくていい!止めて!』と言ったさ。でも止めてくれなかった。

机の下にあったイラストは、ちょいエロとちょいグロ。さすがの母も察したのか、ちょいグロのみ差し出した。いやそこ配慮できるなら「机の下のイラストってどういうものか」も察してくれよ…。

この時期は絵描きにハマって、人様にはお見せできない落書きもした。それらを母は、私が学校にいる間に見ていた。

子供ですから、鍵がない娘の部屋に入れば目につくのもわかる。が、わざわざ中身まで見ていたのは引いた。一時ハマって部屋に置いていた同人誌も見ていた。

気味悪かった。意味がわからなくて。同人誌の質をディスられたので「娘との話題を作りたくて…」の線はないです。

管理人
管理人

コピー本だったので価格を考慮すると妥当な質だと思います(なくていい補足)

あえて大袈裟に書くけど、子供を支配したがったんじゃないかな。

好きなんだよね、母。わかってるよ!知ってるよ!って態度するの。大人しいインドア娘にはその態度を取りやすかったのでしょう…。

でさ、見たら見たでそっとしてくれりゃいいじゃん。なのに何故か、ふたりの時に話題に出すんだ。

「見られた恥ずかしさ」「本人にそれ話す?!という怒り」と同時に、私がその言葉を聞いてどう思うか、なんも考えていないんだ…ってのが一番ショックでしたね。

本人の言い分は多分こうだろう。

「お母さんは平気だから」


で、こんな記憶がいつまでも忘れられない背景もわかった。

『自分をわかってもらえない』

Photo by Pawel Czerwinski on Unsplash

ひと言で例えるなら、これに尽きる。

私の意思や主張を受け取ってもらえなかったのが、とても悲しいことだった。

最終的にはダメでもいいから、一旦は私の意思を、主張を尊重してもらいたかった。尊重ってほどでもなくていいから「あなたはそうなんだね」のワンクッションがほしかった。怒りながらの即否定は、つらい。

私も私ですぐ凹む、ショボくれて終わるのではなく、どう感じているか冷静に伝える工夫は必要でしたね。

今の頭なら口で言えるだろうから、是非過去に戻って言ってみたいもんです。

当時の母の反応を想像すると、工夫しても…だとは思うが。

わかってもらえなかった私の最終手段

こういった出来事が重なって、母には自分のことをわかってもらえないんだなと思った私は、何を選択したか。

病気が多かったんです。私。同級生や友人、同年代の同僚と比べても多い。なんでだろうと思うじゃん。なんで私ばっかり?みたいな。

で、その病気や不調をひとつひとつ振り返ると、気付いてしまった。

『そうだ、復讐しよう』

Image by Pete Linforth from Pixabay
Image by Pete Linforth from Pixabay

ニュアンスは若干違いますが、わかりやすいので「復讐」とします。

私、病気になることで母に『私はこれだけ人生が苦しいんだ』『それはあんたのせいだ』と訴えたかったんだ。たとえ、やつあたりでもさ。

なんでかって?

『だって、言葉では届かないから』

母には、言葉では私の気持ちは届かないみたいだから。その実績が今まであったから、言葉以外のアプローチに走った。

でも、言葉以外で相手に想いを伝える手段って限られるんだよね。人間ってさ。そこで、病気ですよ。風邪ひいたら親が優しくなる現象だよ。

ただね、大人だから風邪程度じゃ効果がない。届かない。

母は私が体調不良で仕事を休むのを、非常に嫌がっていた。決まって変な表情をした。父や弟は基本休まない人だったので、余計気になったのだろう。

怪我や明らかな病気でもないのに仕事を休むのは悪いことだと。“行くべき場所へ行かない=悪い”という感覚があるらしい。

母のこの感覚を知って(一時的な体調不良じゃ、この人には伝わらないな…)と考えた。母でも「大変だ」となりそうな病名が必要と考えた。

そして私は…以下略。

本来、子供が社会へ出る年齢になれば、母も親の役割が一段落する時期。そんなタイミングで、精神や肉体を病む。病めばまだまだ負担をかけられる――言葉で伝えられない・伝わらないと判断した私なりの手段だった。

しかし、病気になったところで私の抱えていた怒り・悲しみ・恨みなどは、そんなに届きませんでした。むしろ身体つれーほうがつらい。

そりゃそうだ。届かない相手との付き合い方を、どこかで切り替える必要があった。

言葉で伝わらなかった相手に『これは身体を張った復讐でーす』なんて匂わせしても伝わらないわ!私のバカ。

それでも私は、心のどこかで母に期待し続けていたのだ。

人生にも疲れるワケだよ

とまぁ、こんだけプリプリしていれば生きてるだけで人生も疲れますわ。恥ずかしながら、記事を書くまで気付かなかった。この感覚。

『私、父にも母にも振り回されていたんだ』

父だけじゃなく母にも振り回されていたって、全然わからなかった。

というのも〔父に振り回されている感覚〕が強すぎて、母による振り回しがあるとは考えずに生きてた。

父は度々問題を作る人で、借金だとかの問題を作っては家族を振り回していた。亡くなるまで、父へのネガティブな想いばかり強く意識していた。

でもよくよく考えると、母にもずっと振り回されていたんだなあ。

父には、また何か問題を起こすんじゃないか?また隠れて金借りてるんじゃないか?という〔行動面での不安・心配〕。

母には、怒りやしつけによる行動の強制・意思や主張の無視・一方的な会話などの〔感情・感覚面〕。

母の振り回しは「しつけ」「子育て」で包まれているので、振り回しって感覚そのものがなかった。

で、今頃気付いたと。


…ということを自己推測してグッタリした時に降って湧いた、母との対話

この対話で出た「母の子育て観」が、私のモヤモヤに一区切りをくれた。

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母の価値観が私を苦しめていた

Image by StockSnap from Pixabay

母との対話にはとてもエネルギーを使う。モヤモヤを解消するための話がしたいのに、新たなモヤモヤができる。

私がどうこうじゃない、当時のあなたの考えを話してほしいと繰り返し伝えた。母も面倒だろう。娘に昔のことを何度も聞かれて。

ふと、母が子育て時に考えていたことを口にした。

「自分は乗り越えたからあなたも乗り越えて」

私が産まれた時、母は(この子は同性だから気持ちをわかってあげられるな)と感じたそう。

母にとって娘や息子は「同性=わかってあげられる」「異性=わかってあげられない」みたいな感覚があったらしい。

確かに性別による傾向や、同性のほうが理解しやすい場面はありますが…男女関係なく色んな特徴あるじゃないですか。人間だもの。そういった人格をすっとばして、性別で判断していたんですね。

この感覚が、私をずっと苦しめていた。そしてこの感覚から怒りが発生していた。しかし、母がそうする理由が全然わからない当時の私は「自分に問題があるのだろう」という結論を出した。


この価値観について、母は独身時代に仲の良かった同僚から「自分ができるから他人もできるだろうって、思わないほうがいいよ」と指摘されたことを覚えているそうだ。

そうそう。母は昔から割と何でもできる人で(加齢やデジタル化で今はできないことも増えたけど)本人もその自覚はある。

ひよさん
ひよさん

教えてくれた同僚さん親切ネ

この価値観は出産しても変わることなく、子供との向き合い方にも反映したと。それが結果的に「娘の意思表示を無意識に無視する」にも繋がっていた。

母の視点

娘が学校を休みたがっている!

娘は同性=わかってあげられる

▼▼

娘は「イヤだ」と言う…私も学校に行きたくなかったことがある。でもなんとかなった。乗り越えた。

▼▼

だから娘もなんとかなる、乗り越えられるはず。行かせよう。

娘の視点

学校を休みたい!と母に伝えた

泣きながら訴えても怒るだけで、無理やり学校へ行かされた

▼▼

どうして母は怒るんだろう?どうして私の訴えは拒否されるんだろう?家に居ると邪魔なの?

▼▼

訴えを母にすら聞いてもらえない。きっと、私の意思なんかどうでもいいんだ。私も存在価値のない人間なんだ。


母は娘の問題を「娘の気持ち」ではなく「自分の経験」で判断していた。でも、娘はそんなこと知らないから(お母さんは私の気持ちを無視するんだ)とショックを受け終わる。

気持ちが無視される理由がわからないまま似たような出来事が繰り返され、やがて娘は『私に問題があるからこうされるんだ』と信じ込み、自己評価を削りはじめた。

最初は自分が悪い感覚はなくても、怒鳴られるので非があるように感じ、その理由を探してしまった。その着地点が「私の存在価値」。

うわあ、自分のことなのに泣いちゃうよ。

歪んだ自己評価の理由も普段のモヤモヤも、繋がりはじめた

Photo by Rhett Wesley on Unsplash

私の中の過去が、繋がりはじめた。

わかってほしかったと思い続けてしまったのも、小さい頃の私がこう叫んでいたんだと思う。

おかあさん!私は私だよ!
おかあさんが見てるのは、娘じゃない(自分の経験)よ!
そうじゃなくて、私を見て!

何よりわかってほしかったのは、〔私には私の人格がある〕ということだったのかもしれない。

自己評価の始まりも、母

元々、別に仲良くもない同級生から軽口を叩かれるタイプなので、ああいう経験を何度もして自己評価が削られたのかな、と考えていた。

いや、、、やっぱり親ですね。

自信、自己評価、自己肯定感…自分という存在をどう捉えるかの重要ポイントは、人生で一番自分を認めてくれる可能性の高い親(特に母親・母親のような存在の人)なんだろうね。

で、私のように自己評価がガリガリ削られた状態で他者と接すると、自己評価が言動に出てしまい、相手によっては舐められ…更に自己評価が削られる流れになる。

自己評価が歪む流れ
  • Step.1
    親との関わりで、自分で自分をどう思うかが歪む
    例えば…

    ・親に話を聞いてもらえなかった
    …自分は(話を聞いてもらえる)価値のない人間なんだと思う
    ・家の中が荒れていた
    …自分の居場所はない感覚がある
    ・叩かれることが多かった
    …自分はダメな子なんだと考える

  • Step.2
    自己評価が他者との関わりに影響する
    色んなひよさん
  • Step.3
    起きた出来事を使い、自己評価の歪みを「正しい評価」にしてしまう
    例えば…

    ・仕事で評価されない…やっぱり自分は価値のない人間だ…
    ・誰と居ても落ち着けない、私には居場所がない
    ・自分はダメな子だから、見下されても仕方ない

    要は、歪んだ自己評価(Step.1)が「前提」になってしまうんだね!

  • Step.4
    不適切な自己評価を使ううちに我慢の限界が!

    もう訳がわからないの

ひよさん
ひよさん

逆に良い相手と出会って受け入れられることで、自己評価が回復するケースもあるよね!


Step.4にもなるとメンタルも相当しんどいはず。人生に投げやりになったり、自分や相手を責め続けたり…人によって色んな「限界」があるでしょう。

「限界」って大きなメッセージだと私は思います。アクションの裏に何か他の想いが隠れているから。

食事の消化不良も、続くと様々な身体の症状に繋がりますよね。心も同じ。歪んだ自己評価に耐えられなくなる時が来ます。

(ちなみに私は、よく部屋で暴れていました。怒りを溜め込み過ぎていたようです…)

“何か”が見つかれば、自己評価の歪みを解消できる。その手段のひとつが「辛い苦しい記憶を確認して、自己評価が歪んだキッカケを探る」だと考えています。

繋がったら、母という人が見えてきた

子育て観をキッカケに、母の持つ価値観や感覚が沢山見えたのは良かった。若い頃に抱いていた母への印象とは、全然違う視点ばかりだ。

母に直接確認したわけじゃないけど、仮にこうじゃないか?と考えたら、今までのモヤモヤがすごーく繋がりました。

“正しい”を好んでいる

母は「自分は正しい」という自信を持っている。いや、自分を正しい人だと思っているだけなら全く問題ないのだが、そこに家族を巻き込んでいた。

過去の発言やら何やらが色々繋がったよ。どうして子供を怒りやしつけで従わせようとしたか。対話の中で否定から入るのか。そして、父と一緒になったのか――


母にとって父は「自分は正しい」と確認できる相手。子供は「自分は正しい」を使える相手だった。勿論それだけじゃないけど、正しさって視点で言うとね。

両親の口論は、母が絶対有利だった。おしゃべりだが思考が稚拙な父の発言は、母に即否定されてばかり。

どちらの言い分がまともかは、子供の頭でも明らか。物事は正しい・正しくないが全てではないが、それでも答えはひとつだった。

つまり、家庭内で「母が正しい」という実績が確実に作られていた。

だから、子供が泣いて嫌がろうが自分の考えを通す。お母さんが正しいんだ、言う通りにしなさい。

だから、自分の発言について詳しく聞かれると必ず否定から入る。そんなこと思ってない、違う、あんたが◯◯だったから…

  • そんなこと思ってない
    =そう捉えるあんた側の問題だ→私は間違っていない

しっくりくる。

人より上に居たい

狭い世界でも、人より上に居たい人かなと思う。

母と話していて時々感じる「親が上で子供が下でしょ」という意識も、ここから来るのだろうか。

父との関係も、例によって母が上だった。母にとって父は「自分が正しいと認識させてくれる」かつ「自分のほうが立場が上で居られる」相手だったんだ。

本人は父に惹かれた理由に別の長所を挙げていましたが(それもそれで納得)、心理面のメリットも多かったんじゃないかなと私は考えています。

この2点って、相互作用しやすいね。正しいから私が上だ。私が上だから正しい。面白い。

話せば大体終わり

母って昔から人の話聞かない傾向にある。言いたいことを口にした時点でその話は大体完結していて、こちらが反応する段階ではどうでもよくなっているケースが多いようだ。

〔A例〕

母「◯◯で△△が××だったよ」
私「へえ、△△って確か今◎◎なんだよね~」
母「フーン◆◆ってさー」
~終

相づちの興味ないわ感が露骨なので判断しやすい助かる。因みにA例は「へえ、よかったね」「やったじゃん」みたいな、肯定的な反応“のみ”にすると会話の満足度が高いようだ。

私だけでなく弟にも同じ。弟は時々「話聞いてねえ…」と笑ったりため息をついていた。

こういった感想を口に出せるのが弟で、出せないのが私。ここ大事な分かれ目。

私は(あ、話聞いてないな…でも言って怒り始めたらイヤだし…)みたいな感じ。そうするからモヤモヤが溜まるんだよね。

ただ、このモヤモヤに関しては解決策がとても単純だった。

真面目に向き合いすぎていた

Photo by guille pozzi on Unsplash

母が「口にしたいことを口にした」のであれば、私も同じ温度で聞けばいい。私が勝手に向き合いすぎていた。母的には、私の反応より話したい。やっと理解できた。

母以外の家族にも、同じことが言える。

私だけ性格の方向性が違いすぎた

どうして、どうしてこんな基本的な事実に気付かなかったのか…そもそも私だけ、性格の方向性が違っていたんだよね。

試しに、私が小学生の頃の家族構成・それぞれの性格を思い出してみよう。

何事も自分がよければそれでいい。他人の価値観とかどうでもいい、ってか価値観って何?タイプ。パチ屋が本拠地。

自由に動き、怒っている母にも平気で歯向かえるタイプ。母不在時にお腹が空いたら家中漁って食べ物ゲットする陽キャ。

サバサバしているが真面目。言う通りにさせたい時によく怒るっぽい。人柄がよくわからない。

周囲の目が気になるタイプ。場面によっては自己主張できず、感情的になる。母不在時にお腹が空いても勝手に漁るのが申し訳なく塩を舐めて過ごす陰キャ。

管理人
管理人

意外と空腹をごまかせます、塩


ひとりだけ性格が内向きっすね。そうです。家庭内で私だけ自分を出すのに抵抗があった。加えて、私以外あまり他人の気持ちを考えないタイプ。

家庭で感じていたうっすらした居心地の悪さは、性格の違いから来ていたのかも。

まとめ:ネガティブな想いとその原因

モヤモヤ=違和感にフタをしてフタをした結果、爆発した。時間を置きすぎたせいか、利息が付いていたようだ。

爆発したことで色々な点が線となり、モヤモヤの答えらしきものがパカパカ開いていった。あ、このモヤモヤって母の◯◯な部分から来てるのか!みたいな。

その結果、私が感じていたネガティブな想いの原因が掴めた。予想はしていたが、ほとんどが母の価値観や感覚がキッカケだった。

以下、私が持っていたネガティブな想いとその原因をまとめる。記事の中のいい感じな部分だけ知りたい方向け。

母は私を下に見る

母の持つ感覚「親が上で子供が下」によるもの。

母は怒りで抑えつけたがる

母の子育て観によるもの。それを言葉で表現せず、怒りで表現し続けた。

何故怒りだったのか。

ひとつ、娘が言うことを聞きやすい。ふたつ、母が持つ「自分は正しい」という感覚が刺激され、言葉で表現するより“お母さんが正しいのに!言うこと聞け!”=怒りとなったのだろう。

私の訴えを無視する

これも子育て観によるもの。自分の経験を基準に判断していた。

母は子供の言い分を意識的に聞く人ではなかった。自分から言え!ってタイプ。だから私が口で言わないのにイラついていた。

理不尽な感覚

母個人が持つ価値観に、訳もわからず巻き込まれ続けたことによるもの。

自分は価値のない人間だ

自己評価を歪ませていた。母との関係で自分をそう思い込んでしまったのがスタート。

そこから『価値がないんだから、せめて良い人でいないと…少しでも見た目綺麗にしないと…仕事で出世しないと…』と、自分に良い条件をつけるべく必死になった。

でも、なかなか望む結果を得られず『やっぱり自分って価値がないのか、生きていても意味ないわ』と自暴自棄になる。

前提が『自分は価値のない人間だ』なので、結果も『自分は価値のない人間だ』。だからこの前提が更に強固となり、ますます前提を信じてしまう。

物凄くシンプル。元々は思い込みから始まってるのに、いつの間にか前提になってるんだね。

人生への疲労感

疲労感自体の原因は色々あるけど、今回の収穫は「振り回されている感覚」ですね。

訴えが無視されたり、心当たりがない“しつけ”など、私の意思ではない行動はなんだか疲れてしまう。そして知らず知らずのうちに、何かに振り回されている感覚ができる。

そのうちに人間関係や会社にも振り回され…(最初の勤め先でリストラされる、など)。

何かに振り回されている自分に気が付いて〔周りがどうあろうが、私は私の意思を持つ〕といった、自分の軸を作って育てる姿勢が必要だったな。

どこかのタイミングで、もっと早く気が付けたらね…この点は割と大きめな後悔がある。

わかってもらえなくていいし、振り回されなくていい

Photo by Rae Tian on Unsplash

わかってもらえなくてシュンとなったり、怒ってる母を見て自分が折れたり、何かに振り回され続けるのって、結局自分より相手を優先したから。母に気持ちをわかってもらうために必死だった。

どうしてそこまでわかってもらいたかったのか…母だからという関係性と『わかってもらえたら私の苦しみは軽減される』という期待があったのかもしれない。

でも実際、ある程度モヤモヤの整理がついた今…疲労感や虚しさのほうが強い。私が勝手に「母にわかってもらう」に大きな価値があると思い込んでいただけ。

怒ってる母を見て、母を怒らせるようなことを言ってしまった申し訳なさがあった。でも、母は怒ったほうが都合が良いから怒っているだけ。

全部、私の思い込み。心や身体が「もう母とか周りとか気にすんの無理なんだけど」ってなっても、気付かなかった。ここまで分析しないと私には実感できなかった。

母にわかってもらえなくても、私が私をわかっていればそれで良い――これが全然できなかった。

私の中の私は、それをずっと教えてくれていたから、モヤモヤを残し続けたり爆発させてくれたのでしょう。


振り返ると、私は『母が好き。母が嫌い。どちらかじゃないとだめだ』と思っていたのだろう。好きな自分も嫌いな自分もいる、と受け入れることができなかった。

でもここまで掘り下げて、それでいいと思えた。今まで色々あったもん、好き・嫌いでなんて括れなくて当たり前なんだよね。ここは感謝している、ここはムカムカする。そんなんでよくてさ。

あとがき

何度か対話をして、やっと素の母が少し見えた気がします。そしてようやく、度々話してもいまいち届いていなさそうな理由がわかった。

私と母には、家族や出来事への価値観・感覚にとてつもなく大きな開きがある。まさかここまで開きがあるとは思わなかった。

同じ出来事の時の私→母への見方、母→私への見方、まるで違う。お互い自分の感覚を大切にしているためか、私も母も相手の感覚への共感・理解が持てない。私は母に否定されてきた(と感じている)から、私も母を否定したいのだろう。

また、母と対話していると自分が否定されている気になる理由もわかった。おそらく母の口調が一因。上から目線。「あんたは◯◯する癖があった、△△しなかったでしょ」みたいな。そこに「お母さんはわかってたよ。そうじゃないかと思ってた」が追加され、ちょっとした地獄。

…モヤモヤが解消しないからとは言え、私はいつまで母に拘っているのだろう。目が覚めたよ。


今も心の動きは続いており、まだうまくまとめることはできませんが、母という人を深く掘り下げてみて良かったことは確か。

思ったよりも苦しい掘り下げだったし、思ったよりもスッキリしないけれど、モヤモヤの箱が「色付き」から「透明」にできたとは感じる。

中身が見えやすくなった。

それだけでも、大きな進化だと思う。

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