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あなたが愛されたかった人は、どんな愛の持ち主か~「愛のズレ」に気が付いた話

Omar Medina FilmsによるPixabayからの画像
この記事は約5分で読めます。

自分は(親から)愛されなかったという思いが心に残っている―

これは、人生に生きづらさを感じている人が抱える背景のひとつらしい。メンタル関係の本でも見かける一文ですね。

この「愛されなかったという思い」に心当たりがある方、多いかと思われます。

だけど、心当たりがあっても
『あなたは、愛されているんですよ』
って解説されたところでピンときません…よね?

知識として頭に入っても
「私、愛されてたんだ…!」ってな号泣展開には、あんまりならない。

でも、ちょっとした考え方で「愛されなかった」という思いから解放されます。

今回は、そんな
自分は愛されなかった、から解放される考え方」をまとめました。

愛の話になると、対異性だとか女性として…みたいな方向性で語られやすいですが、この記事では両親のことを考えます。

もしかしたら両親のことは考えたくないかもしれないけど、ちょっとだけ思い浮かべてみてくださいね。


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そもそも、自分は(親から)愛されなかったという思いは、どうして生きづらさを生むのか?

これは「愛されなかった」という気持ちがある限り、自分に対してマイナスな評価をし続けてしまう―と感じています。

自分の存在をマイナスに捉えているから「ない」という決めつけで目標を作ったり、行動してしまう。こんな感じで。

(愛される)価値のない自分
(愛されなかったから)何かがない自分

しかも、ない部分を何かで補おうとする。

・自分は愛されない存在だから、誰かの役に立つ存在でいないと生きていけない。
・価値のない自分は、結果を出すために人より努力しないとダメ。

そんな考えで人生を過ごしてたら、苦しいはずです。

シンプル。


じゃあ、どうして自分をそう思い続けているのか。これまでの人生でそういう体験をしたから。ですね。

では、人生で「私は愛されないのかも」という思いを抱いてしまった相手は、誰だろうか。

みんな、自分の両親(あるいはそのような存在の人)のはず。

ひよさん
ひよさん

これまで愛されたかった人?一杯いたよ!

なんて思ってる人でも、
「一番最初に、愛されたかった相手は?」と考えると、やっぱり親なんですね。

ということは、

親から愛されなかった…という思いをやめると、
「愛されないから、やる」
「価値のないから、こうする」
みたいな、自分の価値を自分で奪うイメージが変わる可能性がある。

ってワケです。


では、具体的にどう考えればいいのか?

私が実際に気付いた思考パターンをいくつか紹介します。

愛を感じなかった≠愛されなかった

Foundry CoによるPixabayからの画像

両親との関係が悪い、連絡を取りたくない―もしくは、気持ちを聞けないまま別れた人も多いかと思います。

こういう時って、相手以外の人に「愛されてたよ」と何度と言われても、なかなか納得できないんですよね。

本人に聞けない以上、事実を確認するのは難しいし…。

しかし、事実はどうかわからなくても、自分が持つ両親への解釈を変えることはできます。

ここで「愛されなかった、から解放される考え方」の出番です。

愛されていたと感じなかった
=愛されなかった…

ではない。

 

ということ。

愛されていたと「私は」感じていなかった。それだけなんですよね。

感じなかったから愛はない?いや、それはイコールの現象じゃない。

本当にちょっとした表現の違い。

でも、なんでか知らないけど
【愛されていたと感じないから、私は愛されなかった】と捉えちゃう。

イコールで考えるの、やめよう。

白じゃないから、黒でしょ。
やめよう。

世の中には、白黒以外の色も沢山ある。

愛をどう思っているか、どう表現するかはその人による

Ylanite KoppensによるPixabayからの画像

皆さんは「愛」と聞くと、どういうイメージを持つでしょうか?

 

 

私は、優しくて穏やかで、包んでくれて、守ってくれて…なんてイメージです。

だけど、これは私の中のイメージ。

皆さんには皆さんの、父には父の、母には母の愛のイメージがあります。

そう、

自分が思う「愛」は、世の中にある「愛」と一緒とは限らない…ということ。

よく考えると当たり前なんだけど、意外と固定イメージが作られている言葉。

だから「愛ってこういうもんでしょ」と、相手にも同じようなイメージを求めてしまう。

人には人の愛がある、と捉えることができたら、そういう表現もまた愛なのかと発見できますね。

愛を「与えたい人」なのか「与えてもらいたい人」なのか

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私は父も母もいる環境で育ててもらいました。あと祖母も近くにいました。

なので、多分私が「一番最初に愛されたかった人」は、両親と祖母です。

だけど、父の愛のイメージを想像するのがしんどかった。亡くなってかなりの年月が経ってますが、今も正直わかってない。

理由は簡単で、父は自分の気持ちや考えを語る人ではなかったのと、トラブルメーカーでもあったため、父について思い返すと、どうしてもネガティブな出来事ばかりで。

そんな父に、どんな愛があったのか…?なんて感じたりもした。

 

ここで気が付いた。

 

父は、愛を与えてもらいたい人だったんじゃ…。

 

あ…やべ…。

私は子だから、つい与えてもらうことに意識が向いたままで、こんな簡単なことに気が付けなかった。

お前は親としての感情がないのか!!と思った時期もありましたが、そもそも父に対する私のイメージがズレていただけだった。

…自分の中で結構な発見でした。


一般的な役割として、親と子の関係ってこんなイメージがあります。

「親は、子を愛し守るもの」
「子は、親に愛され守られるもの」

でも親って、みんなが愛する側になったり、愛する側で生きる覚悟をしてから授かるワケじゃないですよね。

だから、当然全ての親が愛を与える側の人…とは限らない。

だから、愛を与えられない人が居ても、sれは別におかしいことではなかった。

そういう役割なだけだから。


自分の父は、自分の母は、あるいはそのような存在のあの人は…

「愛を与える側」という存在だったのだろうか?

考えてみると、面白い気付きが待っているかも。

おわりに

Jill WellingtonによるPixabayからの画像

『あなたは、愛されている』

…ヒーラー、カウンセラー、コーチング、精神科医などなど色んな職業の方がこの話をしています。

言っていることはよくわかるのだけど、どうしてもスッキリできなかった。

それは、

愛ってこういうもんでしょ、という固定されたイメージが原因だった。

ちょっとした解釈の変更で「そういうことか!」まで辿り着けることができた。

本当に少しの発見で、頭の中にあったことが繋がります。

そんな経験をできたのが、今回の愛の話でした。

この記事がお役に立てれば幸いです。

 

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