猛烈に「青」をメインカラーにしたくなり。一時的に変えてます

「あなたは愛されていた」と言われたって辛い。なら、愛の勘違いを自覚するとき。

ココロの話

自分は(親から)愛されなかったという思いが心に残っている。

これは、生きづらさを感じている人が抱えがちな信じ込みと言われています。メンタル関係の本を読んでいても、目にする一文です。

この「愛されなかった」に心当たりがある方、多いかと推察します。だけど、本などで<本当は愛されているんだよ>と解説されて、つらさは解消するでしょうか。

でも、私は愛されなかった』なんて思っちゃいませんか?

私もどんな本を読んでも、納得できなかった部分でした。ところが、色々と考えているうちに、ふと「自分が愛を勘違いしていたのでは」と発見があったのです。

自分は(親から)愛されなかったという思いに必要なのは、愛への思い込みを変えることでした。

今回は、そんな「愛への思い込み」についてまとめました。

難しそうな印象がありますが、この記事はそんなことありません。自分と愛されたかった相手の記憶があれば、大丈夫です。

それでは、続きをどうぞ。

「愛されなかった」は自己評価に繋がる

愛への思い込みを変えていく
Photo by Xavier Mouton Photographie on Unsplash

愛と聞くと、女性であれば「女として愛される!」とか、現在や未来のパートナーについて語られやすいです。

が、この記事では両親のことを考えます。

女性B
阿井さん(仮)

え?両親?!親のことは考えたくない!

こんな方もいると思います。大切な部分なので、ちょっとだけでも思い浮かべてみてくださいね。


そもそも、自分は(親から)愛されなかったという思いは、どうして生きづらさに繋がるのでしょうか。私は専門家ではありませんが、こう捉えています。

「愛されなかった」が出発点になるので、この思いがある限り、自分に対してマイナスな評価を持ち続けてしまう。

すると、何が起こるか。

自分に対してマイナスなイメージがあるまま物事を考え、行動するようになる。

「私には、ない」から始まってしまうんですね。こんな感じで。

女性B
阿井さん(仮)

自分は愛されない存在。だから、誰かの役に立っていないと生きられない。

男性C
植男さん(仮)

自分は愛されなかった。これからもそうだから、一人で生活しなきゃ。

あくまで例えですが、どちらも「ないから、こうしなきゃ」という思いから行動しています。

このように、自分は(親から)愛されなかったという思いって「ない」のイメージを作ってしまいがちなんですね。

(愛されなかったから)価値のない自分
(愛されなかったから)何かがない自分

こんな考えで行動していれば、そりゃあ人生も苦しくなりますよね。

一番最初に「愛されたかった」相手とは

では、どうして「愛されなかった」と思い続けたのか。自分に対してマイナスな評価をし続けたのだろうか。

これまでの人生で「愛されなかった」と思った体験をしたから。ですよね。

じゃあ、その体験をしたのはいつか。特に、一番最初にそう思った相手は、誰だったか。

みんな、自分の両親(またはそのような存在の人)の可能性が高いです。

ということは、大人になってから愛されたかった人よりも、まず両親に対しての愛への思い込みを振り返っていくほうが、重要ではないかと思うワケです。


女性B
阿井さん(仮)

わたし、親とは関係が悪くて・・・

男性C
植男さん(仮)

そういえば、気持ちわかんないまま別れたな

亡くなっていたり、連絡が取れない関係という方もいますよね。

こうした、両親との関係が更新できない状況だと、両親以外に『愛されてたよ』と言われても、なかなか納得できないですよね。

では、具体的にどう考えればいいのか?

重要なのは、真実ではなく自分の解釈です。だって、自分が持っている思いだから。

私が実際に気付いた思い込みを、いくつか紹介します。

愛だって、人による

愛のカタチは、それぞれ違う
Ylanite KoppensによるPixabayからの画像

皆さんは「愛」に、どういう気持ちを持っていますか?

ちなみに今の私は、良いも悪いもなくて、包んでくれて、どんなときも守ってくれるもので・・・なんてイメージです。

だけど、これは私の中のイメージでしかない。

皆さんには皆さんの、父には父なりの、母には母なりの「愛とは・・・」があります。

自分が思う「愛」は、相手が思う「愛」と同じ感覚とは限らない。ということです。

よく考えると当たり前のことなんだけど「愛」って言葉と雰囲気から、意外と固定イメージがついてるんですよね。

だから『守ってくれるのが愛でしょ?!なんで無視するの?!!』と、自分の愛と同じような愛を、相手にも求めてしまう。

こんなに近しい存在なのに、家族なのに、パートナーなのに、愛が全然違う・・・そこに寂しさはあるかもしれません。

それでも『人には人の愛がある』と感じられたら、相手にもまた別の愛があることに、気付くことができます。

「与えたい」と「与えてもらいたい」

私は、父も母もいる環境で育ててもらいました。小さい頃は祖母もよく近くにいました。なので、私が「一番最初に愛されたかった人」は、両親と祖母です。

その中で、父が持つ愛のイメージがずっとわからなかったんです。亡くなって10年ほど経っていますが、正直今もあやふや。

理由は簡単で、父は自分第一の人。家族が理解できない行動をとる人でした。そして、自分の思いを語る人でもなかった。いわゆる「何を考えているかわからない人」だった。

だから、そんな父に愛なんてあるのか?なんて感じたりもしました。

でも、考えているうちに発見した。

父は、愛を与えてもらいたい人だったのでは。

父は愛したいのではなく、愛されたかったんだ。ずっと。なんて基本的な部分を、私は見落としていたんだろう。

私は子の立場だったから、つい「与えてもらう」ことに意識が向いたままだった。

簡単なズレなんだけど、自分の中では結構大きな発見でした。


一般的な役割として、親と子の関係ってこんなイメージがあります。

「親は、子を愛し守るもの」
「子は、親に愛され守られるもの」

ですが、人間は機械みたいに切り替わる生き物ではありません。親になったから愛する側になれる、ワケじゃないです。

だから、全ての親が「愛を与える側」とは限らない。ということは、全ての子が「愛を与えてもらう側」とも限らない・・・そこに良いも悪いはなく、そういう役割を持つだけで。

私は、いつの間にかここに思い込みを持っていたようです。

それでも、愛されなかったと言えるのか

愛されなかったって、何を根拠に
480RitaEによるPixabayからの画像

こうやって、自分の持つ愛と相手の持つ愛を考えていくと、本当に人それぞれなんだなあって感じます。

そうすると、自分が持つ愛と違うってだけで「自分は(親から)愛されなかった」と思ってしまったことも、一緒にわかってくる。

そうだ。愛されていたと感じなかった=愛されなかった・・・では、なかったんだと。

でも、なんでか知らないけど【愛されていたと感じなかったから、私は愛されていなかった】と判断したんですよね。あの頃の自分は。

すっごい勘違い。

白じゃないから、黒!それは違う。やめよう。世の中には、白黒以外の色も沢山ある。

イコールで考えるの、やめよう。

おわりに

『あなたは、愛されている』

ヒーラー、カウンセラー、コーチング、精神科医などなど色んな職業の方がこの言葉を使っています。

言っていることはとってもわかるけれど、どうしても最後の最後にスッキリできなかった。

それは「愛ってこういうもんでしょ」という固定された思い込みが原因だった。

愛への思い込みを変えることで、そういうことだったのか!と辿り着けた。

本当に少しの発見をきっかけに、頭の中にあったことが繋がります。モヤモヤも少なくなります。全部、かはわからないけど。

そんな経験をできたのが、今回の愛の話でした。

この記事がお役に立てれば幸いです。

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