あげくの果てのカノン
米代恭
ビッグコミックス・全5巻
* * *
高月かのん、23歳。高校時代から想い続けた「先輩」とバイト先で再会。先輩から言い寄られても、燃えてはいけない。だって、先輩は国の“ヒーロー”で…。
「SF×不倫」異色の恋愛を描く、話題作。
あらすじだけ見て読み始めたら、良い意味で裏切られた。
だって、タイトルとあらすじからは全く想像がつかない本編なんだもん。びっくりしたよ。
タイトルと表紙を見て興味を持った人は、かなりの確率で
『え、表紙と中身違くない?』
ってなるんじゃないかな?
おまけにイライラする。主人公に。どうしてイライラするかは、読んだらわかります。
ただ、物語の表現に色んな視点があって、他の人の感想も気になるんだよね。語りたいことが沢山出てくるし、大変な作品でした。
そんな心が忙しい作品『あげくの果てのカノン』コミックス各巻のあらすじと感想をまとめました。あらすじは主人公・かのん目線で書いてます。
『あげくの果てのカノン』あらすじ
第1巻
境宗介(さかい・そうすけ)は街で声をかけられるヒーロー的存在。そして、私の初恋の人。この人は、本当にまぶしい。
私はそんな「ヒーロー」と八年ぶりに再会した。バイト先にやってきたのだ。
いや、再会できるのを”待って”いた。
再び顔をあわせるうちに、先輩から一緒の時間を過ごそうと誘いを受ける。嬉しいけれど、困る。
この気持ちは成就してはならないから。先輩はもう、人生の伴侶がいるのだから―。
ほんの数話で主人公・かのんが抱く「境先輩への狂信的な想い」がわかるのもすごい。それも詰め込んだ展開、というよりも、自然に発揮されている。
先輩との関係を聞かれて、答えになってない返しをしちゃうところ(無自覚)とか、行動を他者に指摘されてマジ切れする盲目な感じが、よく描かれていますね…。
第2巻
先輩との距離が近付いた途端、先輩が「ゼリー」に襲われた。先輩は今どうしているか、わからない。
これは、罰だ。近付いてはいけない存在に、近づいたから。
そんなことを考えていると、”境さん”が来店した。先輩ではなく、先輩の奥さんだ。
先輩は生きていた。そして釘をさされてしまった。
それでも、高校時代ではありえなかった、先輩との距離に抗えない。
私の想いは、”修繕”をし続ける先輩や、私の存在を知った奥さんを巻き込んで、恋になる―。
かのんへのイライラポイントが貯まる第2巻。身勝手さがエスカレート気味。
一応、表面的にはセーブかけているんだけど、その後すぐ「でも」が来たり、自分の存在を否定することで自分の想いを正当化(おそらく無自覚)。恋する女としてはわかるけど、第11話は本当無理すぎ。
…って漫画に突っ込んでしまうわ。
2巻では、かのん弟、先輩の奥さん・初穂さんの素顔、先輩の内心なんかが見えてきます。先輩の好みは、なるほどって感じだね。
第3巻
先輩から連絡がなくなった。
あるのは、先輩と同じSLC(異星生物対策委員会)で働く初穂さんが「純愛」「愛の力」で研究に成功した、というニュースだけだ。
初穂さんがいるのに、ちょっとでも私を見ないでほしい。なのに、先輩は会いに来る。おまけに、
『逃げちゃおうか』
そう誘われてしまい―、先輩と私だけの、束の間の逃避行が始まった。
誰に何を言われても、かのんには届かない。その時点で答えは出ている、ってことが見える巻。かのんはこの道しかないんだ。
そして先輩。かのんへの恋愛感情(あるいは性的な)は別に無いというのも見える。この作品のすごいところは、ゼリーで先輩が、旦那が心変わりしていくサマをわかりやすくしているところ。
初穂さんの行動はちょっと、賢い女性の行動としては軽率な気がする。そんな不器用な初穂さんは萌えるけどさ。物語を動かすのに必要なんでしょうね。
かのん弟と初穂さんのやりとりがよかった。初穂さんが素で話しているように見える。
第4巻
SLC内のゼリーが逃げ出したようで、緊急事態に。先輩と私はあっという間に現実へ戻った。
避難所の空気に耐えられずにいたら、ゼリーを放したのは初穂さんらしい、という情報を知る。テレビに、私が写る。先輩の密会相手として。
先輩を好きでいると、人に嫌われるんだ。
+++
夜の店で働きはじめたらしいマリに会いに行った。そこに、先輩がいた。
見た目は殆ど同じ。だけど、この人は誰だろう。私の好きな先輩じゃなくて、だけど確かに、私が好きでい続けた先輩で―…。
本当、この巻のかのん嫌い。ただ、かのんにこんなに心を荒らされるのは、自分の中のかのんを見ているんだと思うようになった。身勝手で自己中心的な振る舞いが、自分を抑えつけがちな私の心を刺激してるんだと…考える。
それ位、読んでいて色々感じてしまう作品ってことなのかね。
あと、この巻初登場のキャラクターがいるんですが、面白い子です。もうちょっと見たかったけど、ポジション的には妥当な出番だった。かのんの反応は、条件反射なだけと思う。気持ちはわかる。
第5巻
脱走したゼリーの駆除が終わり、緊急避難命令も解除された。その時に、先輩とさよならした。コレクションは捨てた。
松木平くんがお店に来るようになった。私を心配してくれているらしい。
でも、松木平くんが話すたび、席に座るたび、先輩が重なる。それは、いやだ。
先輩を忘れていくのは、いやだ。
しばらく経って「壁」の中のゼリーが動きはじめたと、テレビでやっていた。画面を見ると、行方不明のはずの初穂さんと先輩が、そこにいた。
そして私は、気が付いた。
予想通りのラストでした。と同時にタイトルに「そういうことか!」
これまでのかのんの視点や表情を見ていると、行動の瞬間は本当に先輩なんだなと。これだけは否定しちゃいけないね。
理解できなくても、ムダだと思えても、かのんにとっては「それしかない」のは事実で。色んな人を巻き込んでも、それは変わらなかった。それが、かのん。このルートしかないよね。
…なんでこんな穏やかかというと、29話に出てくるかのん→母への手紙で、初めてかのんに共感したからw
初めから「手の届かない人」を好きになる。成就しないように。恋をしていても、ひとりで居られるように。
そこには、埋まらない孤独感があるのだろう。それを埋めてくれたのが、あの時の先輩だったと。私とかのんは、この孤独の感覚を通して初めてつながりました。
『あげくの果てのカノン』全体感想(微ネタバレ含む)

ネタバレ要素あるかもなので、苦手な方はスルーしてくださいね!
改めて、作品全体についての感想をまとめます。
本作のテーマは「不倫」×「SF」なんだけど、不倫を描きたい作品では決してない。ということをはじめに言いたい。
かのんと先輩の関係が、その証拠だと思うのね。
この作品は「不倫」という単語が先行している部分があって(実際、担当編集は不倫ものを希望されていたみたいですし)、『不倫はダメ』『○○が悪い』などという感想が出がち。
いやいや、この作品は人間の感情がテーマでしょ。ってね。
先輩は「人の心は変わる」、初穂は「変わる心を止めたい」、かのんは「変わっても変わらない」、そしてゼリーが「感情」を、よく表現している。
先輩が英雄的職業(=有名人)であること、またその環境が「2人が一緒にいるとどうなるか」を際立たせている。
だから、あんな状況にいても変わらなかった主人公・高月かのんの異質さが目立つのね。
そう考えると、不倫&SFは大正解。とってもわかりやすい。
暴走すると人へ危害や悪影響を及ぼす異星生物「ゼリー」、損傷した肉体の修復作業によって中身も変わるという「修繕」を物語に投入することで、変化のタイミングがよく描かれていますね。
+++
で、先輩ね。最後までよくわからない人だったけど、多分そういう人なんだわ。根っこを掴みにくいというか。
先輩は、修繕で強制的に変化していく過程でほんの一時期、かのんに気持ちが向いただけだと思う。文字通り「心変わり」が一番近いんじゃないかな。
初穂さんは、賢い女性の割に行動が軽率な気がする。この辺はなんか意味あっての行動ってことでしょうか。ベースはかわいい人なんですよね。かのん弟とのやり取りに素が見えてて、良かったなー。
あと、各キャラクターのちょっとした反応(小さ目のコマとか表情とか)が意味深でたまらんわあ。
+++
で、主人公のかのんね。単純で鈍感で一途な女の子。単純で鈍感で一途だから、残酷です。
4巻までは本当にイライラしたんだけど、ラストに近づくにつれ受け入れられるようになった。
かのんが感情で動く人間だとわかったから。あとは、自分とかのんの共通点が見つかったから。笑。
かのんにとって先輩がすべてで、その先輩に心が動くんだから、そりゃ旗から見ると自分勝手なんだよね。
それと、5巻のかのんが母に宛てた手紙が大きかった。ひとりが好きだから、振り向いてもらえないような人を好きになる。
これ、とてもわかる。初めて私の中のかのんが出てきた。
振り向いてくれる人を好きになると、ひとりになれなくなるからね。ひとりが好きというのも、家庭環境から来ている可能性もあるんだろうなあ。
この手紙は、かのんの心の闇を表してくれているので好きな場面でした。ま、かのんの性格もよく出ている内容なんだけどね!
+++
ラストは賛否両論ありそうな雰囲気。私は嫌いでした。予想通りで。
ただ、かのんはこの道しかないと思うので、そういう意味では納得。
ラストの良さよりも、そこに辿り着くまでの物語に引き込まれる作品だと感じています。